(3)



正朱旗の御曹司を謀って、殺されずに済んでいるだけましだと、言われるかもしれない。完全なるひとではなく、また花精でもない出来損ないが、決して刃向かってはならない男に楯突いたのだから。
命あっての物種という古い言葉もある。確かに、ひとと引き比べて、俺の才能や能力は良いとこ並、悪ければ下だ。世に打ち立てるべき名もなく、交配の道具として扱われる「あいの子」。
一度捨てた命だとするなら、この身は死人に近いのだろう。だったら、押し倒され体をまさぐられて、女代わりだとばかりに、尻穴へ雄を突っ込まれる恥辱も、甘んじて受け入れればいい。例え、それが命惜しさに飼い殺されて、玩具にされて、費やす一生であっても。
あるいは、誇りや尊厳のために自ら死を選ぶという選択肢もある。
舌をかみ切る、首を括る。庭に生えている草木の幾つかのうち、手を加えれば毒となり得るものもあるだろう。刃物を取り上げられても可能な自死の手段は思いつく。
…そこへ楔を打つ燕寿の言葉はもう、耳にタコができるほどに聞いた。

『妹の幸せを守りたいのだろう?』
『ならば、己の採るべき道は分かるよな』

そんなもん、分かるわけねえだろ。

俺が大人しくしている限り、燕寿は空戒の実家、妹が嫁いだ藩家に喧嘩を売らないという。倫は正朱旗、と呼ばれる夏渟第一位の旗族において、さらに筆頭と呼ばれ、最も高貴な家柄とされる。権勢は確実に倫家が上だ。妹のみならず、友人までもが取引材料にされている―――そう、悲観するのは簡単だった。
脅しにやむなく従っている態で、実際は度胸がないだけなんじゃないのか。
平民には平民の矜持がある、だけど、自害する覚悟まではない。ここに居れば精神はすり減るが、(たぶん)俺の命と妹の将来は保証される。彼女が嫁いだ藩は夏渟第二位の立派な家格、衣食住の心配は欠片もいらない。何より好きな相手と一緒に暮らせる。政略結婚のいい駒扱いであった妹に、ようやくあたった陽の光だ。
俺自身が養ってやれたら一番良かったし、降ってわいた妹と燕寿の縁談がなければ、そのつもりだった。だが、交雑種の揶揄から免れられない俺が、果たして彼女を幸せにしてやれるのだろうか。保護者ぶりたい自己満足のために、妹の人生までもいばらの道へ放り込むのか?

俺が彼女に唯一してやれるのは、もしかしたら――まさか――、この意固地な責任感を捨て去り、その人生の道程から退場することじゃなかろうか。


燕寿が倫の古老たちに呼び出されて不在にしたり、顔合わせと称してやつの両親やお姉さんに引き合わされたりした日々、考えていたのはそんなことだ。思い悩むあまり、飯がのどに通らなくなるとか不眠症に陥るとかなりゃあ説得力もあるのだが、悲しいかな、鏡に映る俺は養父母の家に居た頃よりも、血色がいい。それまでは漬物と粟飯、水並に薄い味付けの羹(あつもの)で、昼は碩舎、残る時間は家の手伝いに従事していたのだ、当然だろう。三食昼寝付きの豪華な監獄生活おそるべし、である。

牢獄の主の名は倫家の燕寿という。
夏の庭の執政という輝かしい未来を約束されていながら、朱夏宮に足を踏み入れることなく、同年代の貧相な男相手に油を売りまくっている狂人だ。



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