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やばい、なんかちょっと突っ込みし損なった。待て待て、と気を取り直し、ふと疑問がわいた。

「てめえもこれ、やらされたんだろ。まともに覚えてんの?」

こつが要るのか、と問うてくるあたり、さぞかし優秀な生徒だったんだろうと思いつつ聞くと、だらしなく両足を広げて投げ足座りをしていた燕寿はこちらを見、あくびをかみ殺しながら言う。

「試しに出題してみたら」

うっわ、むかつくなこいつ。今更改めて先から分かりきっていたけれど!
腹立ち紛れに申し出に乗ってやることにした。決して挑発に負けたわけじゃねえぞ!

「…おし。じゃあ、十四代目」
「倫洪。生まれは火浣布(かかんぷ)。守護した花は百日紅(さるすべり)。修水君とも呼ばれ、治水に長けた。最後は宗正寺の伯の任に就く。子は男一、女が三。妻は一」
「はぁ?」
「孟家の女で花護だな。崑崙花の花護だった。後にも先にも、崑崙の花護が倫に所属したのはそのときだけだ」

家族構成まで頭に入っているのか、っていうか、妻のことなんて、俺が渡された史書には書いてないぜ?そもそも、それってどういう時に役に立つの?と不出来な生徒のいい見本みたいな文句が出かかる。心の内を読んだのか、やつにしては珍しい感じの苦笑いが、うすい口脣を飾った。

「ご老人どもとのくだらん会話で、足をすくわれずに済む程度の恩恵しかないさ。俺のここは、一度目にしたものは忘れないように出来ているらしいんだよ」と、形のいい頭の、こめかみ付近を指でこつこつと突いた。
「忘れないなら仕方がない。覚えているしか」

にわかには信じがたい才能だけれど、燕寿ならあり得るかもしれない。だって、こいつ、いちいち規格外だし。神様に超えこひいきされてるっぽいし。

「…花精みてえ」
「あれらと一緒にしないで欲しいな。お前や…千歩譲って清冽はまだいいが」

打って変わって冷たくなった声色に、ああそうだった、と思い出す。花精嫌いで有名だったっけ。

「そしたら、五十七代目は」

そんな男が何故、俺に二択を強いたのだろう。
花精と妻―――倫家での俺の立ち位置、そして燕寿との関わり方をどちらとするのか、と。

「倫般。生まれは亡潭…」
(「だったら、妻一択でも良かったんじゃねえの」)

俺は男だし、死んでも生まれ変わっても、こいつの妻になんぞなりたかねえけど。
でも、自分の嫌いなものを選択肢に混ぜるか、ふつう。まあ、ふつうじゃございません、って言われたらそれまでか。
この檻からいち早く脱するため、燕寿の思考を読もうと思っているのに、ちっともうまくいかない。まるで書いてあるものを読み上げるようにつらつらと紡がれる倫の亡霊たちの話を聞きながら、こっそりと首を捻る。分かりやすく提示されているのは、根拠不明の執着と、俺にのみ晒されている素っぽい表情。基本的に貴公子然としているのだが、俺と二人きりでいると時折、驚くほど粗野な物言いをしたり、雑な動作をしたりするんだよな。清冽さんがいれば眉をひそめるような言動も多々だ。
そして、それらをちゃぶ台級にひっくり返すあの、閻羅のような姿。鞘に包まれていたとはいえ、顎下を剣鉈で掬われた恐怖感は未だに残っている。
超越している、というか、ぶっちゃけ、ばけものじみた例の豹変は、身内を前にしても発生しているもようだ。この間、気がついたのだが、清冽さんなんて割とうっとり眺めている時がある。申し訳ないが、ツボが全く見えない。

燕寿の定めた関係性は、さしずめ、無官の花護とつがいの花精ってところなんだろう。
少なくともご当人はそう主張するに違いない。でも、実態は家主と居候、碩舎の同期生、花嫁を掠め取られた、という表面的な結果においては、腹立たしいことに彼我が逆転するものの―――加害者と、被害者。
燕寿という男と俺のつながりなんざ、そんなものだ。
拉致同然の状況で屋敷へ連れ込まれてから数週経過したけれど、酔狂でもなんでもなく、クソ花護は俺を手放す気がないらしい。思考を読む、だとか大層な前置きをしたが、他はすべて杳として知れない。倫の邸宅に押しこめられたまま毎日を消化していく暮らしが続いている。
ただの一度、親友の空戒が忍び込んできてくれて、彼の無事と妹が藩家―――空戒の実家で幸せに暮らしていることを教えてくれた。最大の懸案事項は些か異なる形ではあるけれども、望み通りに片付いたってわけだ。



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