(6)
「春苑の安寧を秤に掛けても、か?」と上擦った声で男は言う。「貴方が庇うのは、正義ゆえではない。花精であるからだろう。それがあの男を増長させるのだと、どうして分からない」
「俺が庇おうが庇うまいが、…彼は行いを変えたりはしない」
我ながら哀しいまでの断言ぶりだが、真実だ。
「…で、あろうな」
吐息混じりの微かな笑みは、苦々しい。
俺たちを相手に問答をしたところで、不毛だと知っているのだ。
「だが、我々は―――私は、これ以上の専横を赦すつもりはない。取り逃がしたことを後悔することになろうが、…如何か」
首を横へ振る。彼は小さく頷き、口元の覆いを巻き直した。しっかりと、きつく。口上こそ気負っているが、力なく落ちた肩から青年の心情は明らかだった。
「いずれ決着をつける」
「…決着を」
彼の言葉の尾を繰り返しながら、近付いていく。
びくりと肩を震わせたものの、やはり逃げる様子はなかった。
覚悟があるのか、花精というものを信用しきっているのか、…やはり世間知らずなのか。
何にしても育ちがいい男なのだろう。家柄の意味ではなく、心根の”育ち”の良さ。相性の合致は不可欠だが、本質的に花はこうした人間を好む。暗殺の手腕はさておいて、つがいとするには望ましい相手だ。
経験を積んだのちには周霖をおびやかす花護になりうるかもしれない。
遠くない未来のためにやはり名を問おうかと思った、が、止めた。
予想が正しければ、―――それまで俺が生き存えていれば、ふたたび逢う日も来る。
「決着を、つけるのは少なくともあなたではない。…煬大夫か、執政か。あるいは春御方が玉条に則り、いつか俺のつがいの首を刎ねるだろう」
土埃で汚れた足袋の手前で屈み込んだ。落ちた剣を拾い上げ、中途半端に折り曲げられた指へと握らせる。帯に挟まれた鞘は無事のようである。焚琴路を抜き身でうろついてみろ、飛んでくるのは血相変えた刑部の官吏だ。
青年は、「いつかなどと」と呻いた。渡されたつるぎを鞘口へ引っ掛けながらも必死で仕舞い、血を吐くように。
「悠長に過ぎる。…貴方は、死にたいのか」
「違う。―――しかし、頼む」
分かれ、とは言えない。
花精の本能など、人からすれば理解の範疇を超えたものだろうから。
赦せ、とも言わない。
周霖を護ることは、誰に赦しを乞うことでもない。
「それまでは、誰ひとり、何者とて彼の身体に刃を触れさせはしない。ほんとうに俺のためと思うなら、…今言ったことを覚えておいて欲しい」
ただ、覚えておいて欲しい、と。
彼に剣を向けることは即ち、俺のいのちを、
「…頼む」
奪うにひとしい。
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