(5)



「…だ、駄目だ」
「今日のところは退いた方が…」
「しかし、興益殿…」
「馬鹿ッ、名前を呼ぶな!」
「……」

別の意味でも頭痛が酷くなってきた。完遂する自信がないのなら暗殺など試みるな。そう叱責してやりたい気分になる。おそらくは、周霖も。だから俺に任せたのだ。下手な尾行で、殺気を振りまいてついてくる連中をいなす気にもならなかった、といったところか。

油が切れたように、それで、怒りも集束した。
片手で刀をお手玉のように弄びつつ、左の手で術を編む―――ふりをする。

「颶風よ―――」
「また来るぞ!」
「ににに、逃げよ!疾く逃げよ!!」
「お、愚か者!ここまで来て、敵に後ろを――!」

国試で仮のつがいと組むことはあっても、花精の攻撃を受けた経験などそうは無いだろう。かなり堪えたらしい。未だにふらつく仲間には肩を貸し、独力で走れるものは駆け、あっという間に焚琴路の方へ戻っていった。取り残されたのは、愚か者、と叫んだ男だけだった。
初めに風で飛ばし損ねた一人。結びの緩んだ布で懸命に口元を隠し、残る手は震えながらも剣の切っ先を俺へと向けている。戦意というよりは、最早意地といった態である。
覚悟は素晴らしいが、仮にも剣鉈を拝領した身分であるのなら、無謀無策との区別はつけるべきだ。

「…どちらの属かは存ぜぬが」

袖に飛刀を仕舞い込みながら、俺は青年へ語りかけた。こちらから斬りかかるつもりはない。逃げたければ逃げろ。

「お顔も、…御名も。糾すことはしますまい。立ち去られよ。俺は貴方を追いはしない」
「なぜ、」

その若い男は悲鳴をあげた。がしゃん、と騒々しい音を立ててつるぎを落とす。銀の刃は衝撃に波打ってしばらくの間、刀身をゆらゆらと揺らした。

「なぜなんだ。どうして。貴方の為を思って、我々は!」
「…俺のため?」

訝しく問うと、彼は勢いよく頷いた。ついで、覆いを引き毟って地面へと叩きつける。
鼻息荒く現れた面相は、初めて見るものだった。普段遣り取りのある三法司に関わる者ではないのだ。
血色の悪さは暗がりの所為か、生来のものかは知れなかった。ただ、真面目そうな、文官風の容貌をしていた。年の頃は十の後半か、二十の前か。炯々とひかる双眸は先ほどまでの俺と、同じくらいの怒りで染まっている。一人残されても、意気は挫けてないらしい。

「枯れていった花精のためにも、そして今番っている貴方のためにも、花喰人は弑さねばならない。第一、あのような官が居てはご政道が乱れる。鶯嵐様の治世に傷がつく!」
「……」
「違うか?!」

周霖と対を成すように、執政・鶯嵐はあまねく民衆、官吏から崇敬されている。
唯一の瑕疵があるとしたら、花喰人に断罪の鎚を振り下ろさないところだ。歯痒く思う臣はさぞかし多いだろう。

「…つがいを殺されてよろこぶ花精はいない」

教本通りの返答に、青年が納得する筈はない。そもそも、それで退き下がるようなら暗殺など企んだりはしないか。



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