(4)
周霖が手を下さなかったということは、殺す意思はないということなのだ。
彼が抜刀をすれば、わざわざ俺が出張らなくても一瞬で勝負がつく相手だ。なにせ「花喰人」とまともに数合打ち合える者は、春苑広しと言えど、数えるほどしかいないから。
俺の力でもあしらえる、そして、殺すな、追い払えと暗に言っているのだろう。故に、最も彼らが衝撃を受ける遣り方で登場してみせたのだ。果たして、起き上がるのも這々の体だった。腰が完全に退けている。
(「…詰んだな」)
まず、花精がいない。
これは大きい。つがいを伴っていたら、花精は花護の敵に対して躊躇わず牙を剥く。
春苑には俺をしのぐ力量の花精がごまんといる。そうでなくとも、六人の花精と同時に事構えるとなればただでは済まない。下手をすれば死ぬのはこちらだ。
だが、暗殺を目論む者は花精を連れてはこない。考える頭があるのなら、九分九厘そうする筈だ。
我々は目立つ。そして万が一にも他の花精が傍にいた場合、容易に正体が露見してしまう。俺たちは本能的に、眼前にいる同族がどの草木花樹の化身であるのか判別できるのだ。頭から爪先までを覆いでもしたら定かじゃないが、顔を隠しても、衣を人間の纏うそれに変えても、大概は分かる。花精が知れたら、つがいの花護の名など明々白々だ。つがいで襲って相手を逃さず弑すという手もあるには、ある。完遂しきるだけの力量があり、うまく衆目を避ければ、花精の遣うことわりの力は頼もしい助力になる。
とは言え、最悪の事態を想定したとき、素性がばれるのは芳しくない。花精がつがいの立場を慮って計略そのものに反対をする可能性も高い。
だから花護だけで来る。周霖は俺を連れ歩いたりはしないし、襲撃にうってつけの場所へも平気で足を運ぶ。一人ならともかく、六人もいれば、し損じたとしても怪我を負わせるくらいのことは出来るだろう。脅しとしては充分だ。
―――浅慮。
彼らの思考が手に取るように分かる。素人の浅はかな企みだ。
(「…だからこそ救われたのかもしれないな」)
娶せの儀に失敗して、無役に陥っているような花護を雇われたら、こうはいかない。
彼らは重んじる官位も、つがいも持たない。金で動く傭兵のような稼業の人間も存在するし、力を頼みに庭から庭へ渡り歩く無法者もいるという話だ。中には俺の理力を退けて周霖に到達するやつもあるだろう。
自らの手を血で汚す覚悟がある、とすれば聞こえはいいが、世間知らずもいいところだ。誇るべき家名を地に落とせば、己一人の処分では済まされまい。
「ひいっ」
「うわあっ」
利き腕や腰の帯へ裂き傷を負わせるだけで、男たちはひいひいと叫びたくった。
(「どいつもこいつも、若い」)
記憶に合致する声はないから、都察院や刑部の官とは違う。周霖に恨みを抱くのであれば、執政付きの翰林院(かんりんいん)、祭儀や式典を扱う礼部、他はどこだろうか。尊敬や好意を捧げられるような生活態度と程遠いところに生きているからな。心当たりは幾らでも思い浮かぶ。何やら頭が痛くなってきた。
街路樹へぶつけてやった一人が呻きながら起き上がろうとしていたので、疾風を送って突き転がした。畳みかけるように、飛刀で足袋を石畳へ縫い止める。男は剣を放り出して必死に抜こうと藻掻く。仲間が慌てて駆け寄り、加勢をする。おいおい、俺に背中を見せていいのか。
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