(3)




俺は角を曲がると、人混みへ紛れた背中を注視した。ここへ来たのは初めてではない。道も、区画のつくりもすべて頭に入っている。
充分に距離を取った後で、消火用に積まれた水桶を踏み台にして、柵から塀、屋根へと跳び上がった。瓦の鳴る音に気をつけながら、路地を行く男らへと視線をやる。

(「待ち伏せがなければ、確かに六人。…矢筒の類もなさそうだ」)

どこか焦った足の運びを追い掛けて、頭上を並走する。この通りのどん詰まりは川沿いだ。
街灯が切れ、路地の闇が濃くなっているところに至り、黒ずくめの集団は一斉につるぎを抜いた。その先には比礼をなびかせて歩く大柄の影がある。

石畳を蹴り、連中が周霖の背中へ斬りかかる刹那、俺は宙空へ身を投げた。

「…うわっ!」
「な、なんだ?!」

おそらく、彼らの目にはみどりの塊が落ちてきたように見えただろう。
比礼と外套を投げ捨て、着地と同時に風の楯を放つ。それで、手前に居た四人が呆気なく吹っ飛んだ。
…正直、拍子抜けをした。

(「…荒事に慣れていない」)

およそ、闇討ちをしようという人間の反応ではない。謝家の周霖も甘く見られたものだ。
長屋の壁や地面に叩きつけられた仲間を、ついで前方へ降り立った俺を見、後続の一人が目を剥く。
月すらない暗夜だが、がら空きの首に巻かれた硝子の輪、周囲へ纏わり付く風の気配で流石に察したらしい。深呼吸をし、ことわりの力を円形に張り巡らせた。水辺が近いからか、俺にとっても都合の良い場所のようだ。力が全身に充ちる。

「花精か?!」
「馬鹿な…今日は一人だと!」
「如何にも」と俺は口を開いた。「都察院左房が属、柳花精の伎良」

両手に飛刀を備え、構える。
こころから濁流のごとく溢れかえったのは憎悪と憤怒だ。思わず、口脣の端を緩めた。
以前、友と対峙したときに同じ感情に身を委ねたことがある。
神経がばつん、と焼き切れ、殺意で体の内側が余すところなく塗りたくられていく。あとに残るのは目の前の「敵」を斃したいという欲求だけ。善性とたおやかさの象徴のように言われる、花精の本能だ。
あのときは友人たる煌々(きらら)の制止があって正気に戻ることができたし、後々反省もしたが、今、このときならば、よろこんで激情の奔流へ飛び込める。

俺のつがいにつるぎを向ける者は何人たりとて赦さない。




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