(2)
明後日の三法司における報告に、些かの確認を要す、と大夫から命が下った。
三法司とは刑部と都察院、大理寺からなる司法三部局だ。
刑部は刑法と警察を、都察院は監査監察を、大理寺は執政直轄の案件や、特に重要な事件を取り扱う。三法司の長が集い、執政も座する集まりである。大夫は謂わば、都察院の顔として出席をするのだから、いつもにまして奏上の内容には気を払わなければならない。
世高の使いが執務室を訪ったとき、埋まっていた席はひとつきり。山積みの文書の隙間から顔を上げた俺は落ち込むいとまもなく、周霖を探しに飛び出す羽目になったのだ。
既に幾つか、あたりをつけたところへ足を運んでいる。残すこの焚琴路は所謂御大尽方が楽しむような、品の良い場所ではない。給金の低い下級官吏や平民が、財布から金を捻出して遊ぶ盛り場だ。
周霖は、店が客を選ぶ手合いの高級娼館へ行くこともあれば、そうした、彼の名前も顔も知らない人々がたむろする店で呑んでいることもあった。貴賤に頓着ない性なのだろう。御陰で俺も店の名前だけは随分とおぼえた。
幸いにしてつがいとは路上で出会った。
限りがあるとは言っても、店の数は多い。俺たちの繋がり―――同調のちからは完全ではなかった。よくよく集中をすれば何処にいるか、こころは怒りにふれているのか、哀しみに落ち込んでいるのかを知る術はあったが、人の行き来が激しい、雑多な場所ではそれも難しい。笑いさざめく遊び客を避けつつ、一戸一戸、店を覗き込むのも手間だ、さてどうするか、という矢先だった。
(「…周霖」)
顔を隠すつもりか、単なる風避けだったのか、鈍色の比礼を頭から肩へと巻き付けた男がこちらへと向かって大股で歩いてくる。腰に佩いた剣は護身用の両刃剣で、衣袍も青の官服ではなく、緩やかな線で縫われた磨墨の長衣に袴をつけていた。
道を立ち塞ぐ客引きたちは慣れたもので、愛想の効くような客ではないと判断したらしい。遠巻きに避けている。
行灯を持たず、すたすたと進む姿に駆け寄る。正しくは、駆け寄ろうとして、立ち止まった。
周霖は俺を追い抜きざま、
「六人」
と呟いた。―――ごくごく、低く抑えた声で。
俺はそのまま、小走りで彼と行き違う。
しばらくすると、黒とも茶ともつかない、夜に溶け込むような色の衣を着込んだ一団が現れた。やはり灯りの類を持ってはいない。口元にきつく布を巻き、周霖以上に顔を隠し、全員が帯刀している。体型から皆、男だと知れた。
歩みを緩めず、彼らをもやり過ごす。男たちは俺を一顧だにせず黙然と進んでいった。すれ違う人々は焚琴路にあるまじき異装の集団を怪訝そうに見たが、それも僅かな間のことだ。各々に赦された時を楽しむべく宴の中へと帰っていく。執政のお膝元たる、庭府であるとは言え、廓街(くるわまち)に多少の小競り合いは日常茶飯事だ。殊更に驚きはしないものの、好きこのんで首を突っ込むほど暇ではないのだろう。
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