(2)
もう放免だろうと掛けられた言葉を都合良く解釈して、踵を返す。
すると世高、余計なことを言う。
「で、どうしたの。かわいい伎良ちゃんは」
(「…うるせえな」)
具体的な名さえあがらなければ、知らぬ存ぜぬで無視する筈だった。およそ「可愛い」なんて形容が似合う花精ではない。それを察しているかのようにご丁寧にも、しっかり名前を出してくる。肩越しに振り返った男は苛々と歯噛みをする。
「てめえに説明する謂われはねえ。大体用事があったのは俺にだろ」
「そう、それなのよ」と、組んだ足を組み替えながら大夫は頷いた。
「呼びに行かせたら、青い顔の伎良が一人で仕事してたって言うじゃない。で、結局はあんたが来た。ってことは、いつもみたいに迎えに来てくれたんでしょう。律儀にさ」
「……」
彼はそれまでの花精と似ていて、どこか違う。
いや、皆が皆、同じように「似ていて違った」のかもしれない。男は花精たちの細かな相違など気に留めたことがなかったからだ。
花精はおしなべて、水を慕う魚のように、月に焦がれる歌人のように、まめまめしく花護を追いかけるものだ。
けれど、伎良は常にそうはしなかった。潔いまでに放ったらかされることも多々ある。柳の中には明確な線引きがあり、それに従って行動しているようだった。
尤も、周霖にとって伎良の行動様式などどうでもよい。機嫌の優れないときに彼が来ようものなら、悪所に置き去りにすることも厭わなかった。
悪友――友と思ったことはついぞ無い――たちは、しばしば彼を慰みものにした。かつて男がつがっていた花精たちが辱められたように、薄い衣を裂かれ、細い両脚を無惨に拓かれ、凹凸に乏しい体躯へべっとりと情欲の唾を吐きかけられて。雌ならともかく、雄相手にもあれだけ盛るのだから感心する。伎良を手に入れたばかりの己が得たような、征服欲を感じたのかもしれなかった。些か度が過ぎる行為があり、また妙な執着を持ち始めた輩もいたので近頃は連れ帰るようになったが。
よって、その回数はゆるやかに減りつつある。柳花精が迎えに来る頻度もまた、比例して減った。
どうでもよいことだ、と周霖は己に言い聞かせる。別段、数えているわけじゃない。
今夜、大夫の指摘の通り、伎良は確かに周霖を迎えに来た。
焚琴路(ふんきんろ)は庭府・景陵において数少なく猥雑、という表現が似合う場所である。街の名は「琴を焚(や)き鶴を煮る」の言からとられていた。風情を解さないことの喩えを皮肉り、敢えてそうした名前を付けたのだろう。
あの街に品の良い遊び方などは存在しない。身分を鼻に掛けて偉ぶったところで、良い鴨が来たと羽も金も引き毟られて放り出されるだけだ。誰も彼も、一夜限りの顔と名前で踊る。混ぜものをした酒に、脂の多い肉。際どい彩色の照明や寝具。女の化粧は濃すぎて元の面相は他人のそれだ。
男は好んで、折につけ焚琴路へ足を運んだ。これもまた、確たる理由があるわけではない。
[*前] | [次#]
◇PN一覧
◇main