(13)
庭師への信仰は必ずしも、万民に徹底したものではなかった。
花護の中においてすら、百花王や花精の存在は認めても、神性を疑う者はいる。神が創らずとも世界はあり、人が生まれたように花精もまた生まれた。そのように考え、信仰を持たない花護は少なくない。
神たる庭師が、人間の前に姿を現さないゆえだろう、と千里は思う。人は、目に見えないもの、触れられないものを不確かに感じる生き物だ。花精は違う。花精にとって庭師は、親であり、いのちであり、倖いであり―――唯一、つがいの花護以上に大切な存在である。
だから、世高の信心は歓迎すべきものだし、出来る限り手を尽くしたい。一方で鶯嵐の言うことにも道理はあった。月並みな表現だけれど、特別扱いは赦されない。庭師とは、崇めるものであっても、玉や貴石のように掌で愛でるものではないのだ。大夫の想いを疑うつもりは、決してないけれど。
「そこは後生だから、お、ね、が、い!鶯嵐サマぁ」
「うっ…」
暑苦しい媚態に、冷静沈着で音に聞こえた執政も流石に青ざめている。長衣の袖をねっとり掴まれ、思わず振り払っているほどだ。牡丹の花護は確かに端正な容姿をしているが、女性とするには些か逞し過ぎる。
険悪にならないよう、どう割って入ろうかとおろおろしている内、阿僧祇の容赦ない糾弾が飛んだ。
「なによ執政、ケチ臭いわね。いいじゃない、一株ぐらい。別にあんたが持っていくわけじゃないんだから」
「一株、ってこれが初めてじゃないでしょう…」と鶯嵐。「けちとかね、そういう話じゃないんですよ。阿僧祇。俺だって、群青さまにはそうそうお逢いできない。そも、ひとと直截に触れあうような存在ではないんです。花精の貴女が一番、分かってらっしゃるでしょう」
「……」
阿僧祇の先々代は庭師の側近くに仕える宮宰の役目を負っていた。従って、知識だけでなく経験によって難しさを知っているはずだ。案の定、むくれはしたが、彼女はぴたりと口を噤んだ。こうなる前に世高を諫めてくれたら良かったのだが、それも世高と阿僧祇の仲の良さを考えれば無理な話か。
しおらしくなったつがいの頭を、大夫は慰めるように、感謝するようにやさしく撫でた。そんな二人に機を見て取ったか、執政は懇々と諭し続けている。
「千里だって、至聖所の宮宰を通さなければ御声を聴くことすらできやしない。だから、人が神と繋がる仲立ちとして、誓春殿(せいしゅんでん)があり、祠官がいる。庭師への信仰は花護としても誉れるべきことだ。それ自体は決して悪いことじゃない」
だってぇ、と世高がぼやく。
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