(11)
「あの、すみません」
話しかけてきたのは、黒髪の青年であった。
年の頃は二十の少し前くらいだろうか。剣鉈がなく、花も連れていないことから、ただびとと思われた。やや吊り気味の一重の目に、小さな鼻、薄い口脣。男性的ではないが、女の柔らかさにも欠ける地味な容貌だ。花精と見るにはあまりにも凡庸な顔つきである。
血色の良くない面に眼鏡をつけ、中肉中背の体に、妙ちきりんな衣袍を着ている。服装を別にすれば貧乏書生のようだった。
ただ、謝舒を見上げる瞳だけが格別に蒼い。
「この子を、お願いします。おれはもう戻らなくちゃいけなくて」
「……」
返答は幾つかあった。
儂を謝家宗主と知っての物言いか。あの下人共はどうしたことだ。儂の臣に何をした。
―――おまえは、だれだ?
「それから、亡くなったひとがたくさんいるんです。弔いを、必ず。もし、どこにも行けないひとが居たら、あなたの家か、…外宮の裏に入れてあげてください。青春宮には話をしておきます」
「…了承した」
「ありがとうございます」心底ほっとしたように彼は言う。「助かります」
そこで、青年は手を繋いだ子どもに目を遣った。しゃがんで、小さな体をぎゅう、と抱き締める。くぐもった声が、青年の胸あたりから聞こえる。
「ぼくを、置いて行くのですか…?」
「ごめんね」
「ぼくは、ひとりになるのでしょうか」
「お母さんも、お父さんも。みんな、きみと一緒にいるよ」
「あなたは?」と、すすり泣きながら子どもは訊く。「あなたも、一緒にいてくれるの?」
うん、と青年は答えた。立ち上がり、くるくると巻いた黒毛を撫でてやりながら、もう一度頷く。
「…いつでも、どこにいても、きみの声を聴いてる」
真っ赤に泣き腫らした目を擦り擦り、高子は嬉しげに笑った。青年はごく自然な動作で、子どもの背中と、膝裏に手を添える。
ぐにゃり、と唐突に力を失ったのを見、謝舒は目を剥いた。先ほどまでは確かに起きて、喋っていたのに、子どもは深く寝息を吐いている。
その体がこちらへ向けて差し出された。
慌てて、下馬する。
賜り物を押し戴くが如く、眠る少年を受け取った。腕の動きはぎこちなく、跪く脚は油のきれた蝶番のようだ。脂汗がだらだらと顎を濡らす。目蓋は閉じる機能をとうに忘れていたが、何も知らないときのように、相手を直視することはできなかった。
「謝家の舒明(じょめい)」
蒼い眼の青年は言った。
「誓約を違えぬよう。―――かつてからそうであったように。この先もそうであるように」
この身に代えましても、と、果たして、言えていただろうか?
謝舒がようよう顔を上げたとき、そこには誰もいなかったし、誰がいたのかすら、もう、分からなかった。
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