(10)
煬家で内紛があったらしい、との一報は、謝家の当主、謝舒(しゃじょ)の元へ速やかに届けられた。けれど、彼はすぐさま腰を上げなかった。
目の中に入れても痛くない次男が少舎で一騒動起こし、相手の子どもが同じ紺旗であったため、もみ消しに難航している―――からでは、ない。
煬家は庶流の中でも有力な家柄であり、謝家を支える柱のひとつだ。それだけに早い段階で首を突っ込むわけにはいかなった。肩を持たなかったもう一派が逆恨みの末、こちらに噛みついてくる可能性もある。煬家の中で始末をつけて生き残った方を取り立てればよいことだ。無駄な労力は使わないに限る。
従って、夫人とのんびり朝食を愉しんで後、三十ほどの騎馬を従えて煬家の邸へ向かった。
青空にぶすぶすと煙が上っているのを見て、眉を顰める。報告の通り、火を放った者がいたらしい。延焼は避けたから良かったものの、これで周囲の家邸に災禍が及んでいたら煬家の評判はがた落ちだ。ひいては、謝家にも非難が向けられるではないか。
先に到着していた私兵たちは主の姿を認め、バネ人形のように頭を下げている。
「どうだ」
「…かなり、ひどい有様です」と隊長格の男が言った。「隣のお屋敷に火が回らなかったのが、不思議なくらいでして。はい」
「生き残りは」
「それが…」
言い辛そうに目を逸らす男に鼻を鳴らし、馬を門の中へと進める。
弟が兄を攻めた、と聞いていた。夜半の急襲であったという。平時ならともかく、夜襲であれば弟に分があっただろう。相打ちなどという結果は、思いつきもしなかった。
故に、焼け落ちた邸を中心としたその眺めに、謝舒は呆然とした。
玉虫色の釉薬を塗られた瓦は欠片さえなく、梁と思しき太い木材からは煙が幾条も立ち上っている。玉砂利の上には折れた刀や矢が突き刺さり、池や小径を備えた評判の庭はすっかり踏み荒らされていた。
「…?」
かろうじて残る、正門から邸へ伸びる石畳に馬の蹄がこつこつと鳴る。惨状を見回す内、焼け残った土塀に沿って兵士らしき者、下人と思しき者があわせて数十人、突っ立っているのに気付いた。
「あの者たちが、生き残りか」
「はあ、おそらくは…」
男の返答はどうにもはっきりしない。やや苛立ちをおぼえながらも、謝舒は再度問い糾した。すると、兵士は不思議なことを言う。
「どうやら何もおぼえていないようなのです。何故、ここに来たのか。邸が燃えたのか」
「何故も何も、ないだろう。あれらは夜討ちに参ったのであろう。下人どもは逃げるところだったのではないか」
「そのように、思うのですが…」
要領を得ない押し問答を続けていると、離れがあった方角に小さな人影を認めた。
謝家の当主は目を眇め、それらが誰か確かめようとした。あるじの様子を見て取り、兵士が人影に向かって駆け出す。砂利をまき散らしながら勢いよく走り、ぴたりと止まった。
そのまま、立ち尽くしている。
「…?」
案山子のように停止してしまった兵士を避け、彼らは謝舒目指して歩いてくる。
背後にいる臣たちが誰何をする様子はない。振り向けば、謝家の誇る精鋭は皆、ぼう、と虚ろな目を彷徨わせていた。
(「…なんだ…?」)
今更ながら、花精を邸に置いてきたことが悔やまれた。大事ないと証する為に、敢えて夫人の元に残してきたのである。
あれこれと考えている間に、その青年と子どもは馬の横までやって来ていた。
幼い方には見覚えがある。煬家の長子たる男の、確か七番目の息子だ。
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