(4)



後ろから容赦なく突き刺さる視線を気にしつつ、訥々と持論を述べると、世高は口を噤んだ。

「…ぷふっ…」
「…?」
「…うっ、ぷ、ふふ…」
「世高さま…?」
「ふふ、は、あはははは、あーっはははははは!」

不自然なまでにぴたりと閉じた唇が突然ひん曲がり、くぐもった笑いが大爆笑に変わるまで、そう時間は掛からなかった。
愕然と仰ぎ見る俺、そして背後で勢いよく蒲団をはねのける音が。世高はなおも笑い続ける。腹に片手を当て、前屈みになった彼は目に涙まで浮かべていた。

「あはははは、な、なるほどねえ!仲良く素っ裸で同衾したけれど、あんたは風邪ひかなくて、お馬鹿さんだけ引いちゃったのねえ!!」
「いや、そこではなくて、…おそらくは環城の外れの、あの沼地が」
「はぁん、そう!あんた、周霖、前はやるだけやったら、昼でも夜でも花精を置いて呑みに行くのが大概だったのに。随分暢気になったこと!」
「…伎良…」

呼ばわる声に、うっかり前言撤回しそうになった。ちょっと…いや、大分怖い。地を這いずるようなそれに背筋が凍り付く。気圧された俺は振り返りもせず、まずは大夫を部屋から出すことを優先させた。このまま居座られたら周霖の機嫌と体調は下降の一途、最悪俺の寿命も縮まるかもしれない。
無礼を承知でそっと背中を押す。…押しまくる。

「いいのよいいのよ、言うじゃなぁい?仲良きことは美しきことかなって。届けさせなきゃいけないのは瓜じゃなくて赤飯だわね!すぐに用意するわ!」
「恐れ入ります、御礼申し上げます、ありがとうございました!」
「ほほほほほ!ああ、愉快!愉快なこと!」

観音開きの扉をきっちり閉めた後も、堅牢な戸の向こうから高笑いが響いていた。

「…はぁ…、はぁ…」

かなり投げ遣りな対応で追い出してしまったが、大丈夫だろうか。

(「…まずもって大丈夫か…」)

あんなにご機嫌で帰っていったのだ、瓜だの赤飯だのが送りつけられることはあっても、叱責されはしないだろう。扉の彫り物に取り縋り、ぐったりと体を預けているとこれ以上ないくらいの深い溜息が聞こえた。
俺はようやく振り返る。上体を起こし、鬼の形相でこちらを睨み付けている周霖を。

「す…済まない」
「……」
「仕置きは甘んじて受けようと思う…」

男は、汗ではりついた髪毛を擦り上げるように後ろへと流した。病人特有のというべきか、熱に浮かされたような、危ういひかりを宿した双眸でもって、俺を射貫く。

「復調したら、おぼえてろよ…お前…」

わかった、と返事をして、すごすご椅子へ戻る。
縁へ無造作に放り出された大きな掌を取った。案の定、はっきりと高い体温に恐ろしくなる。たかが風邪に大袈裟だと笑われそうだが、老若の違いがあるとはいえ、前の花護を病で失っている過去は、音無く満ちる潮のように足元を冷やすのだ。

こうして他人の体温に触れていることすら、辛いのかもしれない。


「―――周霖が本復するなら、なんでもいい」


それ以上、彼は責めることをしなかった。
いただいた手の甲を額につけ、早く治るようにと祈るつがいを好きにさせていたのは、単なる疲労ゆえか、それとも気紛れだったのか。俯き目を閉じている俺には、与り知らぬことだった。




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