(5)
「庇う、だって?モノは言いようだな。お前はお前の思惑があって嘴突っ込んでんだろ。自分の手の内明かさねえで、”貸し”の押し売りするつもりかよ」
「なに…」
絶句する。
既にいつもの、ひとを小馬鹿にしたような薄い笑みを刷いた周霖は、己が太い首根を平手でゆっくりと叩いた。
「そうだろうよ、鶯嵐。友人などとお綺麗な言葉で取り繕ったところで、俺しか聞いちゃいないぜ。無駄な骨折りだ」
「…何を勘違いしているのかわからないが、人聞きの悪いことを言わないで貰えるか?手の内だの、貸しだのと。職務を怠る臣がかつての同窓であるなら、執政として、あるいは友として諭すのが勤めだと思っているだけだ」
「…へえ」
―――なら、そういうことにしておいてやる。
「だが、俺はとことん利用させてもらうぜ。お前が俺で鬱憤を晴らす、その代償をな」
「……」
この男が愚かであれば。
ただ力のみを頼りに、己の能力に酔う者であったなら。あるいは、威権の使い途も考えず、体制に反抗することで満足を得るような者であれば。道具としての扱いようは他にあった。
「お前はギリギリまで俺を罷免しない。それこそ、俺が今回得た柳を枯らしたって、禄を減らして、邸に押しこめるのが精々だ。違うか?」
「……」
「花精をぶっ殺すくらいじゃ、絶対に、しない。つまりお前にとっても花精連中が枯れるってのは”その程度”で”そのくらい”のことなんだよ。可愛い百花王の手前もあって、優等生ぶっちゃいるが、…実際は、屁とも思っちゃいねえ―――だろ、執政サマ」
周霖の厄介さは、青年が冠と引き換えに弔った欲望を察していることだ。
そして、その欲求をこそ、己の法(のり)としていることだ。
人の敷いた法や常識など男の前には何の束縛にもならない。彼の見出す価値は、花精のいのちを削って理力を使い、蟲につるぎを突き立てる一瞬にある。
故に花喰人は傲然と嗤う。
己は咎人ではないのだと。罪科を感じない者は、決して咎人にはなりえないから。
ここで斬って捨ててしまえればどんなにか楽であろうか。桜の執政がそう考えていることすら、おそらくは、気付いている。
「俺は俺に課せられた責務を果たしているだけだ。花護として、最も基本的なやつを、な」
「…あまり調子に乗るなよ、謝周霖」
我ながら、発した声は抑揚を欠いていた。凍土に似た冷たい怒りと共に、未熟さを痛感する。挑発そのものに煽られたというよりは、ほしいままにふるまう、男への羨望が強いのだ。自覚は、あった。
「これは失礼を」と、慇懃無礼な物言いが憎らしい。「つい、同窓のよしみで。野卑な花喰人の申すこと、平にご容赦ください。…クク、」
温厚篤実を体現したようだ、と評される執政の一面を、周霖は面白そうに観察している。あるいは、心待ちにしていただけなのかもしれない。春苑で数少なく互角をはれる花護が刀を抜くその瞬間を。
ふうとひとつ息を吐き、呼吸を整えた。頭に乗る冠の重さを改めて意識すれば、強張る指先や、目の裏を灼いた怒りは霞のように消えていく。
男が、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「…容赦してあげるから、とりあえず毎日出仕して、机にちゃんと向ってくれよ。そうしたら、お前の言うとおり、親父さんとこにぶちこむので堪忍してあげるからさ」
「…チッ。つまらないことを言う」
「俺にお前を面白がらせる義理はないからな」
青年はけろりと言ってのけた。
「いいね」
「さぁて、どうだか」
くるりと背中を向けて歩み去る速さは躊躇がない。あまりにさっさと退出しようとするので、流石に慌てた。
「おい、娶せの儀式はまだ終わってないんだけど。それに柳は」
「俺ひとりがおらずとも何とかなるだろう。…いや、何とかしろ、か。人徳篤い執政様がにっこり笑って労ってやれば、アホ共は喜んで黙るさ」
「まったく…」
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