(3)



先につがいとしていた花精、唐桃の淡露(たんろ)が半月という短命で枯れたとき、周霖は視察地ではなく蟲の跋扈する禁域に赴いていた。淡露が落命したのも、花護との繋がりが弱い中で、度重なる蟲との戦闘に駆り出され、衰弱していたのが原因であった。
花精を枯らせてしまうことは、花護にとって罪とはならない。しかし、官吏である以上、職務放棄は罪悪だ。

役人の不正や怠慢を見張る役目の者が、つとめを怠った。都察院は身内だからこそ余計に、周霖の行動を見過ごせなかった。
大夫、世高は執政に諮って花護に蟄居を命じ、刑部の高官たちは揃って非難の声を上げた。あまりに処分が緩すぎる、今度こそ剣鉈を返上させるべきだと。
朝議で息巻く彼らを宥め裁可の印を押すのは、執政の権力をもってしても至難の業であった。回数が嵩めば嵩むだけ難しくなる。当然の話だ。

周囲からすれば破格の処置だとしても、周霖には苦痛でしかなかっただろう。
この娶せの儀が開かれるまで、彼は延々と実家の邸に押し込められていた。家を出ることも叶わず、脱走したところで花精が居なければ蟲を狩ることすらままならない。契約の儀式は原則三年に一度だから、消耗品のように花精を扱えば当然空白が生まれる。すぐにつがいを得ることが出来ていたのも、偏につがっていた樒(しきみ)や唐桃の種が強力な花精であった故である。

この男らしからぬことだが、今回ばかりは登庁の日を指折り数えていたに違いない。



『―――ほんとうに、これでよかったのでしょうか』

千里は―――百花王は。
己の見立てを案じていた。

蓋を開けてみれば唐桃はその座を辞し、代わりにつがいとなったのは柳であったから。
当代の柳は周霖に見合うほどの理力を持たない花精であると言う。しかも、大層若い。

『若い花精は蟲と戦った経験が乏しい。いきなり禁域に連れて行かれても命を危うくするばかり。…唐桃がそうでした。幾ら理力が高くても、記憶を蓄積する間もなく次から次へと枯らされていけば、花精の寿命はますます短くなる。まさに、負の連鎖なのです』

このままでは、同じ轍を柳が踏むだけだ。
花護と花精をつなぐ縁は、判断ではない。庭師に与えられた蝶の目をもって、ただ「視る」ことなのだと教えてくれた。迷い無くかつてそう語った口脣で、百花の王は嘆いたのだ。

『わたしは誤ったかもしれない。あの花護に視えたのは、ただの闇だと言うべきだったのかもしれません。…誰も、視えなかった。嫁ぐべき花精は居らなかった、と』

けれど、花精は嘘をつけない。どんな不幸を、哀しみを、嘆きを呼び込むとしても彼らは事実を語る。そのように、神たる庭師に作られている。
…百花王もまた、例外ではないのだ。



哀しいかな、千里の懊悩を説いて聞かせたところで、男が改心するとは到底思えない。
手っ取り早いのは痛い思いを植え付けること。永(なが)の押し籠めは流石の周霖もさぞかし堪えたであろう。叱られるのが厭なら真面目にやれ、などと、まさに説教の常套句だな、と内心ごちる。

「蟄居はまだ解いていなかったと思うが?刑に服している間に禁を犯せば、上からの風当たりが余計に酷くなるぞ」
「かまやしねえよ」と、案の定、男は平然と言う。「あんまり騒ぐようなら、恐れながらお偉方に供を願うとしようか。…あいつら感心するくらい大人しくなるぜ、きっとな」

実行に移そうものなら、庭府の高官はことごとく一掃されてしまうだろう。勘弁してくれ、とかぶりを振ってみせた。

「…おれの臣下を勝手に殺さないでくれる?」
「殺しゃしねえよ。…俺はな」

口角がきりきりと吊り上がり、犬歯がのぞく。あれは修羅の子だ、と陰口を叩く老官吏を思い出した。彼は確か謝に連なる一族であったはず。血族からも反意が出始めている事実を意に介さない剛胆さ、―――無関心。

(「…命取りになると、何故気付かない」)

「役立たず共を殺るのは、蟲だ。それに、死にたくなけりゃ戦って斃せばいいだけのこった。ご大層な花精も娶ってんだ、朝飯前だろ」
「人には向き不向きがあると思うけれどねえ」
「本分もままならねえなら花護なんてやめちまえ」
「そう言われてしまうと身も蓋もないな…」



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