(2)
「それで。どうだ。柳の味は。…うちの千里(ちさと)の見立てはお気に召したか?」
「答える義理はない。ケツの具合ならお前だって知ってんだろ、その千里相手によ」
「…誤魔化すな。欲求不満の八つ当たりじゃないことくらい知っている。一刻も早くつがいを得て、”狩り”に行きたかったのだろう?少舎の子どもじゃあるまいし、少しは辛抱してくれ」
儀式が終わるのを待たずに花精を犯した理由は、一目惚れをしてつい、などという呆けた理由ではないのだと、分かっている。むしろ好いたこその行動ならば、どんなに良かったか。果たして、「先に思わせぶりなこと言ったのはそっちだろ」と、周霖は吐き捨てた。
「またクソ弱い花精をよこしやがって。お前んとこの桜、耄碌したんじゃねえのか。あんな理力じゃすぐ潰しちまうぜ。それこそ、明日明後日になったらツラが変わってるかもしれねえな」
「いい加減にしろ。この間の唐桃がつがってからどれほどで枯れたと思っている」
「半月だな」
男はにやにやと口の端を吊り上げた。
「…最短命記録、更新になるんじゃねえの」
思い起こせば建礼舎(けんれいしゃ)の同窓であったときから周霖はこの調子だった。
無軌道かつ傍若無人で、家格や立場を顧みることなく振る舞っていた。学生時代から役付きの花護と喧嘩をしたり、仮番(かりつがい)、と呼ばれる戦闘演習用の花精をこき使って昏倒させたりした騒ぎなど、枚挙に暇がないほどだ。
己のみならず他人の身分にも頓着せず、ただ、弱者には冷たく、強者には楯突いた。反骨の徒と勘違いされ、蒼旗や藍旗といった下つ方の出から英雄視されることもあったが、そうした期待に応えることもしない。
自然、周囲に残った者は彼の力に心酔しているか、家柄は良いが素行に問題があるような連中ばかりになった。徒党の頭に担ぎ上げようとする動きもあるが、本人にその気がないから烏合に終わっている、とも聞いている。
花護の修錬だけは真面目におさめていたから、成績は青年と比肩するほどに優秀だった。
系流こそ違うものの、同じ春苑第二位にあたる紺旗の出身。特に何かに不自由しているわけでもないのに、ひたすら蟲を狩ることに執着し、花精の屍の上に依って暴力的な理力を行使する。
出発点は似たりよったりなのに、少舎、碩舎そして建礼舎と、とかく優等生で通っていた自分と徹底的なまでに対極の存在。それが周霖だった。
だからこそ興味を持ったし、友人たちの諌言を躱して、近付いたのだ。お互い宮仕えに落ち着いた後、そして青年が執政となり、男が庭府中枢の高官に取り立てられた後も奇妙な付き合いは続いた。
百花王に見出され、左の玉座を埋める位を戴いたとき、さまざまな人間が言祝ぎに訪れたものだ。顔すら思い出せない縁戚から、名も知らない友人、何を期待したか腹違いのきょうだいまでやってきた―――ほどなく虚言と発覚したが。
謝の当主名代として門戸を叩いた周霖は、ただひとり、祝いに代えてうわべの愁傷を述べていった。「はずれ籤を引いたな」などと、鼻で嗤いながら。
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