(4)



舜城の郊外には森がある。
主に飛行型の蟲が生息している僻地だ。馬で四日ほどの距離にあるそこは巡境使や、都察院の派遣する風俗使ですら通行を避ける禁区だった。春御方の恩寵だとされる、不可視の障壁が街を護っており、平時、蟲の脅威はない。但し、繁殖期に限って蝗蟲や、小型の甲蟲の類が、その壁の隙間を縫って人里まで下りてくるのであった。
もう一、二週もすれば交尾の時期に入る。舜城の役所は俗に言う対症療法ばかりで、自ら打って出ようとはしない。森に一番近い集落で被害が出てから、ようやっと重い腰を上げる。それも中央へ報せを出すところから始まる鈍重さだ。
いっそ役場を人と蟲の住む端境に据えてやればよいと思う。己らの命が危険に晒されれば、田舎役人共も考え直すだろう。



「舜…城、は、」
「…?」

意外なことに、花精はなおも言葉を続けた。訝しく思い流石に足を止める。
行くべきではない、とでも言うのだろうか。政務監査を司る都察院御史の職務では、およそない、と。
周霖のつがった花精の幾人かはそう反駁したものだ。残る連中は世も哀れな態度で肩を落とすか、考え直してくれと涙を流すか、…他の反応はおぼえるのも面倒で、最早忘れた。

「…巫祝の土地を…通る。手形の申請をしないと…」
「…なんだと?」
「五つと、半」と、妙にはっきりした声で彼は言った。「―――待ち合わせは、その刻限に」

そこで周霖は初めて振り返った。

柳は上体を起こし、ぺたりと座り込んでいる。黒い髪毛の下、乱れきった襟元をぎこちない動作で整える横顔は、血の気を失ってしろい。呼吸は浅く、早かった。行為の最中に散々噛んで膨れた口脣は半ば開いている。気力、体力共に衰弱した状態で、しかし、必死に思考を巡らせている様子だった。この柳自身に戦闘の経験がほとんどないことは容易に知れた。おそらく、先達の記憶から情報を引き出しているのだろう。

確かに提案には一理ある。
獣頭烏首の民であり、神のしもべを自負する巫祝の地を抜けるには相応の手続きが必要だ。いかな御史と言えど、力押しで関を通ることはできない。好んで引き受ける物好きな花護も居るが、そうした諸事雑事をこなすのは本来、花精の仕事だった。

「……好きにしろ」

手近にあった白布のひとつを掴み、花精めがけて放る。特に意味はない、足止めをされたついでの気紛れだった。
下肢にばさりと掛かったそれを、柳花精は―――伎良は不思議そうに見つめた。

「拭え」

すぐに意味を解したらしく、手に取る。

「…――ア、」

眉間の皺がより深くなり、猫背が丸まった。肉付きの悪い太股が震える。
動きに呼応したのか、胎に溜まっていた男の精が漏れ出たらしい。聞くに堪えない音が尻から聞こえる。

「…っ、…っ!」

瘧を起こしたように、さらに数度、柳は体を揺らした。膚身がふわ、と朱色に染まる。羞恥というよりは、性感の残滓を拾ってしまったような反応だった。

そこへ、軍靴が石の床を踏んで戻ってくる。濡れたみどりの目が緩慢に、男を仰いだ。
つい先ほど投げ渡した白布を取り払う段になって、流石に花精は凍り付く。

「出発は、六つだ」

膝頭をぐいと押し広げて周霖は嗤った。

悪くない。具合は良すぎるほどだ。
なるほど、花精の躰は人間に都合良くできているとは言ったものだ。
抽挿のたび、男のものを包む肉襞は物欲しげに隘路を狭め、仄紅く染まった入り口は誘うように収縮した。無関心か諦めかで覆われた表情は、快楽に呆気なく壊れていく。そのざまが何とも言えず心地よい。感覚を思い返すだけで充分に欲情できた。


「…返事はないのか?花精殿」
「わかった」

答える声はやはり躊躇いがなくて、男はつい苦笑した。変なやつだ。
―――しかし、大したことじゃないな。
押し倒すと心得たように両脚の角度が拡がる。
のし掛かり、切っ先を押し付けてゆっくり己を埋めていく。繋がりが深くなるにつれて、伎良は消え入るように高く、細く啼いた。



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