(3)
男は、眼下を見た。
ひとりの青年がぐったりと横たわっている。
木綿の袍衣は乱れ、ゆるやかな袖から零れる腕の先、骨張った指はぴくりとも動かない。投げ出された脚の間は、男の精と流血で著しく汚れていた。萎れた陰茎は縮こまり、やはり同じ色に穢れている。
尻は前の惨状よりもなお酷い。薄い肉のところどころに、早くも乾きつつある血痕が赤黒い錆粉の態で纏わり付き、怒張を受け入れた穴からはだらしなく白濁が漏れている。
お世辞にも劣情を誘う眺めではない。
しかし、雌の花精を犯すのとは別の充足―――昏い征服欲が充たされた感があった。
この花精の性格故かもしれない。淡白で、どんな嘲弄にも怒りをみせなかった彼は、周霖を受け入れたというよりも、「花喰人」と悪名の高いつがいを得た、その運命を受け入れたかのように思える。
男は、運命という言葉を軽蔑していた。己に冠された仇名の方が幾分かましだ。
やがて、睫毛が幽かに震え、鮮やかなみどりの瞳が現れた。
花精は至って凡庸な容姿をしていたけれど、黒い前髪からのぞく双眸だけはとびきり美しかった。周霖のふるさとであり、そして庭都でもあるこの景陵の、江河を想起させる色合いだ。
外形の奇麗な人間の女も、時として彼女たちを上回る花精の容色も掃いて捨てるほど見てきたが、柳の目の色は、男の琴線に触れた。
いつか枯れるのなら、抉りだして取って置いてやっても良いとすら思う。枯死の後、塵と、土と消えるだけの彼らにおいては、叶わないことだけれども。
紗の掛かった、果てを見るような目つきで柳は、彼の間近に放り捨てられた裳に視点を定めたようだった。涎と落ちた涙で毛羽立った口元が、音を伴わず動く。周霖に突き上げられ、ついには悲鳴をあげることも出来なくなっていた。まともな声など出ないだろう。
積み重ねられた粗布の上に腰掛け、花精の視線がゆっくり移動するのを待つ。
まずは裳、それから自身の手。脱力した指の先には、後ろから貫かれたときに支えを探して、彼が引きずり下ろした反物が散乱している。ばらばらと転がるそれらを見、花精は痛ましげに瞼を伏せた。片付けなければ、などとくだらないことを考えているのだ、おそらく。
天井を見上げ、張り巡らされた蜘蛛の巣をぼんやり追い掛け、そこでようやく黙したまま己を見ている男に気付いたらしい。驚愕もあらわに目を瞠っている。
(「…鈍い」)
反応が鈍すぎる。
幾ら初めての性交に疲弊しているとは言え、あまりに気配を察するのが遅い。”狩り”に連れて行ったらどうなるのか、今から先が危ぶまれた。
もっとも、それは大したことではないかもしれぬ、と考え直す。この花精が死んでも、すぐに次が補充される。彼はともかくとして、柳自体は、春苑を古くから支え、百花王を輩出したこともある種だ。男が以前までつがっていた、樒や唐桃にも勝る。逆に枯れるまで使い倒して、種の癖を掴んでおくのも手であろう―――悪くない思いつきだ。
「…立てるか」
言葉のままをとれば気遣いだったが、発した声音は冷たく、否やを赦さない響きをもっている。花精は返事をしようとして、またしても口脣をわななかせた。結局は、首をゆるく上下に振って応じた。
「告時塔の鐘が五つ鳴る前に、官舎の前で待て。外出する」
庭都の外に出るからそのつもりでいろ、と続けると、表情の乏しい面相ながら、すう、と眉根が寄せられた。非難はなく、覚悟を、あるいは単なる諦念を浮かべた表情は、腹立たしくなるだけだ。分かっているのなら、話は早い。短い付き合いになるだろうが、せいぜい役に立って貰わねば。
「…どこ、へ」
立ち上がり背中を向けたところで、掠れきった声が追い掛けてきた。振り返るのも面倒で、歩を進めながら答える。
「舜城」
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