(2)
肉の繋がりをもって、花護と花精が関係を深めるのはよくあることだ。むしろ通例といっても過言ではない。
ただ姶濱と俺の間においては不要だったのだ。
朝ともに食事を摂ること、登庁の途中でするたわいのない会話、夜におやすみの挨拶を交わすこと。ゆっくりと時間を掛けてかたちのない絆は出来ていった。
説明しようとして口を開きかけ、結局、どんな言葉も浮かばずに閉じてしまった。うまく表現できない。出来事を細かに連ねれば連ねるほど、真実からずれていくように感じたから。
一方の彼は、もしかしたら、答えなど期待していなかったのかもしれない。
「…女の方が枯れていたのか。…幾つだ。姶濱ってのは」
「二…百くらい、いや、…百七十三、だった」
ただびとであれば八十に近いころか。男は得たりとばかりに頷く。
「二百だろうが三百だろうが、色懸想なら関係ねえだろうが。てめえも憐れなことだな、随分と長く放っておかれたもんだ」
「…お前の言っていること、が、よく…わからない」
「そうだろうよ。お綺麗な花精殿には、世の中理解できねえことが山ほどあろうよな。…前のあるじが馬鹿にされても怒りもしないとは」
吐き捨てるように彼は言い、首に籠めた力を強くした。喉が狭窄されて、ひ、と細い音が口から漏れた。今のつがいはお前なのだ、姶濱ではなく。故に怒りはしないけれど、哀しいとは思う。
反論はすべて塞がれている。
「…まあ、お古を抱くよりは気分が良い。構わんさ」
「―――ッ?!」
首元を圧迫する掌が苦しく、本能的に両手をそこへかけた。傾けた顎がべろりと舐められる。口脣に食いつかれ、喘いだ呼吸ごと貪られた。
「ふ、うっ」
釦を外す手間も惜しいとばかりに、襟にかけられた指は臍の位置まで一気に衣袍を引き裂いた。あらわになった胴体がくらやみの中でぼうと白く浮かんでいる。
俺を布の山に押し付けたままで、周霖はもう片方の手でもってそこをまさぐった。乳首を擦る掌のところどころに胼胝ができている。剣鉈を握ることで出来たそれ。互いの皮膚の硬い部分が擦れ合うたび、裡からぞくぞくと妙な寒気が襲ってくる。
「あ…、ぐっ、ん」
「は、不能ってわけじゃなさそうだな。花精の陰萎なんざ聞いたこともねえが」
肩口に噛みつかれ、胸から下、下肢も暴かれてぐちゃぐちゃと擦り上げられる。性感を引きだそうとするよりも、手順として―――そして俺の具合をみるために探るような手つきだった。
こころよりも早く、からだは、新しく得た花護に慣れようとしていた。
陰茎は芯を持ち、段々と勃ち上がった。先はつぷりと雫を零す。ぬめったそれを隆起した肉へとなすりつけた後で、男は、ようやく絞めていた首を解放した。涎を垂らしながら咳き込む俺へ、低い声で命じる。
「衣の裾を持って、足を開いてろ」
瞬きをすると涙がこぼれた。生理的な涙だった。
意識の奥の方へ気を傾ける。
俺ではない、過去の記憶を辿れば自然に体は動いた。
「…わかってるじゃねえか」
周霖の呟きには嘲りと、ほんの僅かな感心が混ざっていたように思う。
下穿きを落とし、裾を両手でまくり上げて緩く足を開き、立つ。濡れ勃った陰茎が触って欲しそうに姿を現した。我ながら、間抜けた姿だ。
邪魔になるだろうと足首あたりでわだかまっていた裳を蹴り外す。姶濱が見たら眉を顰めるだろうな。思わず口の端を緩めると、「なにがおかしい」と咎められた。
「なにも、おかしくない」と俺は応じた。「…これも、道理だろう」
埃舞う、明かりのささない暗所であるのに、どうしてか、男の忌々しげな表情が手に取るようにわかった。酷薄な印象のある口脣がめくれ、不快そうに歪む。
脚の一本が持ち上げられ、折った不安定な格好で周霖の胸に押し付けられた。沓を穿いたままでは彼が汚れてしまう。おそらくは見当違いな心配をしている間に、男は己の手に唾を吐いた。一度、二度、擦って太い指は嚢の裏、会陰のきわをなぞる。爪が僅かに入り、じきに関節の二つ目までが肉の襞に収まる。
「あっ、あっ、う、…やっ…」
「こいつはよく締まりそうだな…」
力を抜け。
黒い壁と白い布に埋め尽くされた場所で、周霖が発した言葉の最後が、それだった。
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