投じられる意思(5)



「まー結構気は済んだって感じなんだよなー」

新蒔がぼそりと言ったのを聞き咎めて、俺は「なにが」と言った。隣のユキは俺がぽんぽんと叩き続けている所為か、あっさりと落ち着いてきている。このままだと本当に俺専用の馬扱いになるぞ、ユキ。

「ケンモク先輩とやらのことよ」と新蒔。「白馬の王子様ってより爽やか武士ってフインキ(日本語間違ってるぞ新蒔)だけど、いかにも優等生っぽいしさ、リンゴ丸ごと囓りそうな感じだし、あれはあれでアリか−、って思う」
「…ハヤシライスからカレーに切り替えた、くらいのものか」
「そおそお」

『特進科と普通科の垣根を取っ払います』と叫んでいる真面目そうな男を、至極詰まらない様子で眺めたあと、新蒔はでかい欠伸を一つした。

「ヨシのヤツ、絶対ふられたに決まってるけどな、あのカレーの王子様に」

―――――その発言については慧眼だ、と指摘しておこう。



「高遠君、ありがとうございました。……それでは次の候補者です。普通科2年6組、見目惺君」

はい、と、空気をすらりと切り裂くような、しっかりとした返事がある。先輩は立ち上がると一礼をし、演台へ歩み寄った。アレンジメントフラワーが載った木製のそれの手前でストップする。まだマイクの前には立たない。先に応援人が喋るのだ。

「…見目先輩、すごい堂々としてるね」

ユキがしみじみ、といった風に呟いた。俺も頷く。東明先輩の時は下宿とのギャップで驚いたけれども、見目先輩の所作は納得の感がある上で、さらに吃驚してしまう。
肩で風を切るような鋭さがあるけれど、傲慢な感じは皆無だ。ひたすらに凛々しく、どこまでも爽やかだ。
そう言うと、ユキは俺の手を両手で包んで、はにかみながら応じた。

「走る前とか、…ちょっとした時の斗与の凛々しさには負けるけどね」

こいつのフィルター加減も相当なものである。頬を染めつつ照れまくっているユキに、俺は嘆息した。
と、背後の剣道部コンビがば、っと立ち上がった。気配にぎょっとして振り返ると、広い講堂の中で点々と立っている生徒が居る。男女、普通科特進科、ばらばらだ。

「けんもくさとるー、ふぁい、おー!」

常日頃から面だの胴だのと叫んでいるだけのことはある、人数もあってかなりの音量だ。剣道部連中の仕業であることは間違いない。どうやら相当仲が良いらしい。
見目先輩は流石に吃驚した様子で固まっていたけれど、すぐにきちんと頭を下げて見せた。苦笑顔が想像出来る。自分だったら滅茶苦茶恥ずかしいな、これ。
絶叫した日置と領戒は、は、と息を整えながら座り直していた。周囲のクラスメイトにからかわれ、小突かれている。そこそこ静かだった大講堂の其処此処が、俄かに騒がしくなった。多分同じ目にあっている剣道部がいるのだろう。

今一人、凍り付いていた選管委員長は、気を取り直したように「ええと」と言った。彼女の声にようやく静けさが戻ってきた。何だ、訳もなくどきどきしてきたぞ。ユキの手の力も、少し強めだ。新蒔はと言えば、相変わらずぐたっとした姿勢で演台を見ている。

「…見目君の応援人から演説を始めて下さい。応援人の紹介です。特進科…、」

応援人は候補者と違って、舞台の袖に待機しているらしい。順番が来ると皆、候補者席の背後から歩いて出てくる。

「へえ、カレーの王子の応援人て特進なんか」

それなりの数の生徒が抱いているであろう感想を、新蒔が言うので、そうだ、と返した。

「うん。去年、先輩と一緒に生徒会の事務局にいたひとだってさ」
「斗与、よく知ってるね」
「一回逢った」

名前は、ええと、何だっけか。うまく思い出せん。
俺同様、彼の名前をうまく思い出せないのか―――そんな訳あるか、台本あるだろ、な選管委員長殿が、手にした薄い冊子すれすれに顔を近づけている。…どうしたよ。
見かねたらしい副委員長が席を立って、少女の手元を覗き込んだ。そして、完全に固まっている。見目先輩も、不審そうに二人の方を見ている。
委員長は首を傾げながら、口を開いた。スピーカで拡張された声音には戸惑いが浮かんでいる。

「応援人は事情により欠席のため、応援人代理が演説を行います。特進科1年T組、山ノ井夏彦君」
「―――はい」

甘い甘い、声。ほどなくして入って来た長身に、俺は釘付けになった。
なびくミルクティー色の髪、白い開襟シャツ、赤のネクタイ。フレンチグレーのスラックスは紛う方無き特進科のものだ。一歩進むごとにがつん、と踵のしっかりした靴が鳴った。
その男は演台の前に立ち、見目先輩に(だろう、多分)ひらり、と手を振った。

「特進科1年、山ノ井夏彦と申します。これから、執行部立候補者、見目惺の応援演説を行います。ご静聴のほど、よろしくお願い申し上げます」

「あれが見目先輩の友達?派手だねー」
「アイツの方がよっぽど王子様じゃん」

それぞれの所感を漏らしている2人に、俺は生返事をした。
脳味噌がいかれてなければ、元・管財係のご学友は別の御仁だ。リアルのキラキラ効果を携えて喋り始めたあそこの、あのひとは、

「…美形氏じゃねえの」

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