投じられる意思(4)



「…あ、あー、あー。はい。ではこれから、20XX年度立会演説会を行います。司会進行は私、選挙管理委員長、普通科2年、キツリ カナエが行います」

マイクを必死に自分の身長に合わせた後、セーラー服を纏った小柄な先輩が宣言をする。ぴょんぴょん跳ねている様が非常に微笑ましい。癒しだ。

「…Dカップで97はあると見た」

隣で馬鹿げた発言を述べているお前はまったく微笑ましくないわ。じっとりと新蒔を睨め付けると、阿呆は長髪を掻き上げてふんぞりかえった。

「羨ましいだろう?オレ、視力3,5あっから。遠距離ボンキュッボーンも余裕でサーチよ」
「……」

3,5って、なあ。スケートの点数か評定平均でもなかろうに。しかし野生は0にしろ本能だけは天井知らずっぽいからな、あながちホラとも言い切れない。
俺は行儀悪くも「じゃあ」と壇上を指さした。

「右手の、最前列にいる普通科の先輩、分かるか。1人だけだから目立つだろ」

今日は人前に立つとあって、特進科の皆々様はいずれもきちんとアスコットタイを締めておられる。光沢のあるスカーフ布をスティックピンで留める、あれだ。全員紺色だから、見目先輩と同じ2年生だ。
その中に1人だけぽつりと、ノータイ、黒いスラックスを穿いた普通科生が座っている。顔はぶれもせず前を向き、選管の進行説明を聞き入っているようだった。

「黒っちい短い髪の男?」
「黒…、ああ、うん。しゃんと座ってるひと。あれが見目先輩」
「ほおおおおお」
「シャケなんかに見せたら見目先輩が腐っちゃうよ」とユキ。

冗談かと思いきや、結構真剣な顔をしている。実際そうなったらスプラッタだな。あまりにも衝撃的な宣伝すぎて得票数は0になること請け合いだ。
お前の心配には残念ながら添えそうもない。シャケは食い入るように見目先輩を観察しているし、先輩が融ける予兆もない。

「…どうだ」

どうも糞も無いような気がするのだが、新蒔の感想にはそこそこ興味がある。ふうん、だの、へええ、だの呟きを漏らしている彼に言葉を促したら。やや浅黒い顔がぐりん、とこちらを向いた。

「何つうか…サムライ?」
「あー…」と俺。
「爽やかだけど地味顔?」
「……うん、まあ…」これはユキだ。
「王子ってのとは若干違うよーな気がする」

正直な感想をありがとう、新蒔君。ユキも共感するところがあったのか、微かに頷いている。やっぱりそうだよなあ、オウジサマ、って感じじゃないよなあ。

「でもま、ヨシ的にはフィルター掛かってるんだと思うぜ。キラキラフィルター。あとノンケっぽいのが効いたんじゃね」
「ノンケ?」と幼馴染みは首を傾げた。おい、そこ突っ込んじゃうのか。
「男にキョーミのない男のこと。ノットホモでゲイ」

ユキ、絶句。あーあー、だから言ったのに。自ら墓穴を掘るような質問をしおって。

「…僕、ぼ…僕はノンケだよね、斗与?」
「…お前はそういう次元とは別の世界に生きていると思う」と率直かつ素直に答える俺。
「大江はノンケってか、変態?」
「お前にだけは言われたくないよ!このキモシャケ!」

高そうな木製の肘掛けが、ユキの握力に負けてぎしぎしいっている。頼むから器物損壊だけは止めてくれ。仏の顔は三度まで、似鳥先生の顔が何度までなのかは、俺も知らない。
多分挑発だと思うのだが、シャケは人越しにリアルドラクエなふしぎなおどりを繰り広げた。俺の背後に妙な背景を付けるなよ。
一方のユキは犬歯を剥き出し、目をぎらぎらとさせて怒り狂っている。丸っこい肘掛けを掴む手の、その上に俺が掌を乗せてなければ即座にシャケへ飛びかかっていきそうだ。やっぱり誰がどこに座っても関係ないな、この面子だと。


えー、お二人とも忘れてはおられないでしょうか、この時間は生徒会立候補者立会演説会ですよ。見目先輩は見せ物で壇上に居るのではなく、これから演説をするべく待機をしてらっしゃるのですよ。既に特進科の何人かが演台に上がって演説を済ませている。その間、こいつらは延々とじゃれあっているのだ。

「…お前らいい加減にしろ」
「止めないで斗与っ」
「分かった、じゃあこの手離すぞ」
「あ…それはそれで厭だ…」

肘掛けから手を離したユキは、ぎゅ、と俺の手を握り返してきた。どっちかはっきりしなさい。

「ほら見ろ、やっぱ大江はサイトー専用の変態じゃねえの」
「なん、だっ、て…?」

引き締まった肘までの筋肉が一瞬にしてふわ、と浮き上がっていくのが目に見えてわかる。はいはい、どうどう!というか、握りつぶすな、地味に俺の手が痛い!

「お、おい新蒔!お前いいのか見目先輩は。ずっと見たかったんだろ気になってたんだろ。そろそろ先輩の出番だから!」

のっぽの幼馴染みをあやすように叩きながら、今一人の阿呆に水を向けてやる。場を収めるには注意を逸らすのが一番だ。
果たして新蒔は「おおー」とか言いながら座り直した。ポップコーンとコーラでも用意した方が良さそうな雰囲気だ。済みません、見目先輩。まさに動物園のパンダ状態。
自分の膝に頬杖をついた彼は、今は特進科が喋くっている演台を見つめた。非常に、非常に申し訳ないことに、これまでの候補者の演説はほぼ話半分だ。すべては俺の両側にいる阿呆2人が悪い。元々、見目先輩に投票しようと思っていたことも起因しているけれども。





- 19 -


[*前] | [次#]
[目次]
[栞]

恋愛不感症・章一覧

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -