その怒りを羨望すべきか(10)



【由旗】


微笑みながら規律遵守と表現の自由について語る似鳥先生(悪夢だった)、それを受けて流石に蒼白になってしまったシャケ(どうでもいい)から解放され、這々の体で帰ってきた僕は、帰宅後、さらに落ち込んでしまった。

「とよとよなら、まだだよー」

居間で1人PSPに興じていた林――環さんが画面から顔を上げて応えてくれた。Tシャツにトレパン、とラフな格好で、食事も既に終えた様子だった。いつも懐っこく笑っている浅黒い顔に、少しだけからかいが滲んでいる。見咎めた僕がつい顔を顰めると、さらに後者の色味が強くなった。

「なになに?寂し?探しに行っちゃう?」
「寂しいです。…連絡が無かったら探しに行きます。…環さんこそ、今日は、周さんは?」
「俺らだっていつも一緒って訳じゃなあし」

確かに彼の言うとおりだ。林さんたちは仲が良い。所属している部活だってパート違いでも、同じといえば同じだ。けれどいつだって一緒に居るわけじゃないし、そうしなければならないってことでもない。…今、僕の隣に斗与が居ないように。

「周は金管低音軍団で居残り練習だから俺は先に上がり。てな訳で風呂、使ったから。トーメイさんも遅いらしいしミメ居ねーし。クロちゃんはおばさんと話しとっとよ」
「…ありがとう、ございます」と僕。思い出して付け加えた。「後で祖母から話があると思うんだけど、1人、増えると思います。下宿生」

途端に環さんは薄い機械を放り出して立ち上がった。ひょろりとした手足をさかさか動かして、荷物も制服もそのままの僕に近寄り、興奮しきりの表情で見上げてくる。目が相当にきらきらしている。それでもって、困惑しまくった顔の僕が輝く双眸に映し出されている。

「マジで!どこのだれ!わたしはどこ!」
「……緑陽館じゃないです」

おそらく彼が一番聞きたいであろうことにのみ返事をした。2人揃っている時よりも1人相手の方がまだ会話が成立するんだけれど、油断するとやっぱり脱線するから、困る。それに真剣に斗与が心配なので、一刻も早く部屋へ戻りたい。

「あー…」

分かり易くテンションが下がった環さんは、一気に空気が抜けてしまった風船のように脱力した。寄ってきた勢いと真逆の様相でふらふらあ、と座布団へ戻り、座り込む。
再び両手でハードを掴んだ彼の面相は、画面の照り返しを受けているにも関わらず、暗い。大丈夫かなあ、と思わず見つめていると緩慢に視線が上がった。

「しかも男だろ」
「ええ、まあ…」

日夏の特進科だ、と聞いている。

「あんだよー。スーパーつまんねー」
「………」

黒澤君の知り合いだ、という点は伏せておこう。きっと「クロちゃんにトモダチが!」などという面倒な展開になること請け合いだ。林さんたちはちょっとつまらないくらいで丁度いい。

「やってられーん」と唸り続けている環さんを放置し、台所の奥、家人用の居間の気配を窺った。訥々と響く低音に混じって、祖母の元気の良い返事が聞こえてくる。朝、少し話を訊いたけれど、黒澤君の友人ならきっと大丈夫、ばあちゃんのOKが出るだろう。


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