投じられる意思(2)



【斗与】


自分はお世辞にも積極的な性格とは言い難いので、『生徒会に立候補する』という行為は理解不能、と同時に尊敬と感心の対象だ。『理解する』という事と、それを『尊敬する』って事とは必ずしもイコールで結ばれてはいないらしい。この公式に当てはめれば、俺は見目先輩を理解してはいないものの、尊敬はしている事になる。少し乱暴すぎるか。


とにかく、生徒総会アンド立候補演説会の始まりだ。


新入生歓迎会以来、久々に立ち入る大講堂の中は蜂の巣を突いたように騒がしい。普通科は各学年十組前後、特進科は各四組、千人を軽く超える生徒数だ。
十代青春まっさかりの少年少女がわんさと集まって静かに済む訳がないし、割合は少ないものの、我らが普通科の財産とも言える女子、その女子が二人以上寄ればハイトーンのお喋りが繰り広げられる。
大人しいのは前半戦の生徒総会すら始まっていないにも関わらず、既に就寝している隣の阿呆くらいのものだ。寄りかかるな寝言を言うな涎を垂らすな!

「…斗与、席、代わろうか…?」

鬱々とした声で訊いてくるユキに否、と首を振った。今現在、左から新蒔、俺、ユキと並んで座っているのだが、どうにも新蒔はユキに絡むので、俺が身を以て緩衝材を相務めている。涙ぐましい努力だ。
ユキはユキで、新蒔が俺にじゃれるのが厭、でも自分が相手をするのはさらに厭(ユキが自分のことを優先する数少ない事例のひとつだ)なので、苛々しながらも俺の隣に腰掛けている。ユキは新蒔のちょっかいに光速で反発するから、余計に彼のテンションが上がるのだと思う。俺は五回のうち四回は流すぞスルーだ、と言ったら、

「それは蚊を見ても叩くなって言われてるのと同じなんだけど…」

と困っていた。そうかそうか、お前にとっては蚊と同じレベルなのか…。まあ反射的に成敗したくなる気持ちは分からないでもない。

尤も居眠りをするとあっては、隣が俺でもユキでも大差ないだろう。今日は当たり前のように俺の横に掛け、当たり前のように寝ている。涎や重みを我慢するか、彼の阿呆発言を耐えるかの二択なのか。やれやれ、分かりやすくどっちもどっちだ。
しかし最大の問題は奴が担任ホイホイの為、内職に漫画を読んだりくっちゃべったりできないってこと、なのである。クラスの他の男どもは早売りの週刊雑誌を回し読みしているらしい。そいつらにも似鳥先生の説教が降り注ぐことを願ってやまない。



そうこうしている内に空席がどんどん埋まり、どこぞの音楽ホールかくや、の大講堂は生徒で一杯になった。実際、観劇やコンサートに対応できるレベルの施設設備を有しているらしく、椅子の座り心地は異様に良いし、幕で隠れて見えないが、舞台の奥にはパイプオルガンまであるのだ。ミッション系でもないのにな。
余裕の席数のお陰で、クラスごとで固まっていれば座る場所はほぼ自由だ。ただ流石に普通科と特進科はかっきりと別れている模様である。白いシャツの男子、紺地の襟にやはり白のセーラーを着こんだ女子の群れと、薄手のベストに学年色のタイ姿とはぱっと見、住み分けができている。

手持ち無沙汰に見回し続けてみるが、知った顔を探しだすのは難しい。黒澤も東明先輩も、この何処かにいる筈だろうが。

「東明さんは壇上でしょう」

お喋りの一環で彼らの名前を口にしたところ、あっけらかんとユキが返事をした。

「生徒総会、東明さん喋ると思うよ」
「なんで」
「確かどっかの委員長だった…ええと、うん、放送委員長。朝の放送とかやってる委員会」
「……はあ……」

間の抜けた相槌をする俺へ、彼はにっこりと笑ってみせる。

「放送が掛かるのは8時ジャストだから。斗与にとってはまだご飯食べ終わってるかどうか、くらいの時間だね」
「どーせ俺は朝遅いよ…。…東明先輩も朝の放送すんの?」
「うん、僕一度だけ聞いたことある。おはようございます、日夏学園高等部放送委員会です、これからうんたらかんたらって言ってた」

うんたら…ってお前も随分適当だなあ。
少し聞いてみたかった気もする、東明先輩がまともに喋ってるところ。先輩には申し訳ないけれど、やっぱり対林先輩たちのイメージが付きまとって仕方がない。

ビロウドに似た、上質の布張りの背もたれに沈みながら、もう一人の先輩のことを思い出した。
後半戦の主役にして、ここ最近、俺にとっての懸案事項だったひと。

―――――見目先輩。




生徒会に立候補すると、クラス訪問、とか言って応援人と各クラスを行脚する、これまた面倒臭いイベントがあるようだ。現に幾人かの立候補者が1年の教室にもやってきた。
見目先輩もご多分に漏れず、応援人(この人が特進科だったので、教室の連中は驚いていた)を伴ってやってきた。
匂坂にどーんと突き飛ばされ、アイドル顔の特進科に会って数日が経過していたが、その間下宿で顔を会わせることは無かった。ここ最近、先輩は帰りが遅く、俺と彼の生活時間は完全にずれていたのだ。

『よお、斎藤。お前はここのクラスだったか』

そんなことを言いながら、肩に襷を掛けて現れた彼は、頭の天辺からつま先までいつも通りの見目先輩だった。爽やかかつ男らしく、ちらちらと見える歯は無駄に白い。歯磨き粉の宣伝みたいだ。下級生のクラスだからかも分からんが、人の教室においても緊張感が欠片もなかった。

タイミングの好悪は不明だけれど、この時、ユキも新蒔もいなかった。ユキは地学部の部会があったし、新蒔は美化委員の当番だったのだ。美化委員の当番、とやらが一体何をするものかは謎だ。大体新蒔が美化委員というのが一番の謎だ。

俺が頷くと、見目先輩は応援人を紹介してくれた。
特進科で、見目先輩とは去年生徒会の事務局で知り合い、自分は管財の補佐をしていたとか何とか。こざっぱりとして人好きのする印象のひとだった。
黒澤だってそうだ、先走るイメージほど、普通科と特進科は犬猿の関係じゃないのかもしれない。…匂坂のことがあってからと言うもの、力説する気は失せたが。

面と向かって言葉を交わしたけれど、お互いに匂坂について触れることはなかった。

…なんとなく、本当になんとなくだったが、予想はしていたんだ。もうあいつのことは話題にはならないんじゃないかって。
多分、見目先輩の中で彼との遣り取りは終わった話になっていたと思う。自分の番だから気にするな、って言ってたし、彼が匂坂の片をつけたのは匂坂自身から聞き及んでいる。

俺は俺で、見目先輩が何と言って引導を渡したのか、なんてことは興味の範疇外だった。…そりゃ、初めは少し気になったけど。匂坂どーんを喰らったらもう充分だ。ユキはともかく、やはり俺にとっては未知の世界のお話である。
それでもって、匂坂の脅迫の件は墓まで運搬する決意だ。見目先輩だろうがユキだろうが、ばらすつもりはない。恥ずかしいってのもある。こんなことで他人を頼るのは、一度で充分だ。
今度は何を脅しに使われようが絶対に抵抗してやる。
確かに人として、俺は欠けたところがあるのかもしれない。好きな筈の相手に触れて、触れられても何も感じない。ついには恋愛の意味での『好き』がどんなものか、自信が無くなってしまって、言葉にも態度にもきっと表せない。
いつかは治るかもしれない。ずっと、このままかもしれない。

けれどそれをダシに責められたり良いように扱われたりするのだけはもう御免だった。

『…少し見ない内にさっぱりした顔になったな』

分かったような分からないような事を言い、見目先輩はまたしても俺の頭をぐりぐりと撫でた。だから気易く触るな、っての。
むかついたので冒頭の内容を言い(理解だの尊敬だのの話だ)、歯磨き粉のCMに出られますね、と余計な口を叩いた上で、「手紙の件ではほんとうにすみませんでした」とだけ付け加えると、彼の背後に居た元・管財係の先輩が呆然としていた。

『なんか大人しそうな顔して結構言うのな、そいつ』

……うるさい、見た目のことは余計なお世話だ。




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