その怒りを羨望すべきか(9)
まったく悪い、と内心で詫びつつも、俺は彼をしっかりと見上げた。
(「あれ、…」)
瞬間、感じたのは疑問だった。
濃密な深い榛の双眸に、何処か確かめるような、探るような色があったからだ。初見の対象を見極めようとするより、何かを―――そう、『再確認』するときのような。
(「…馬鹿馬鹿しい」)
混乱しているのだ。久々に怒ったり、叫んだり。押さえ込んでいた感情を望まず吐露しかけたから、まともに頭が働かないだけ。
「…あんたには悪いけど、それ、よろしく」
口早に言って、すらりと立つ(姿勢すら良かった。見目先輩並だ)彼の脇を小走りで抜けた…逃げた、とも言う。
通り抜けた際に、ふっと爽やかな――マリンノートが再び鼻を掠めた。おそらくは美形氏のコロンだろう。逃げ足を留めるように纏い付くそれを振り切り、出来うる限り、足りない歩幅を広げて歩いた。
置き去りにした美形氏が何か呼ばわっているようにも聞こえたが、振り向かない止まらない、と心に言い聞かせてひたすら前進。
本気になれば彼が俺を捕まえることなんて、容易い話だ。だが彼は追い掛けては来なかった。俺に対する興味は建前的なものだったろうし、何より脱力した匂坂を置いていけなかったものと推測する。
喧嘩を止めるべく、割って入っただけの善人に悪いことをした。もし、もう一度逢う機会があったら、今度はきちんと謝ろう。この無駄に広い構内で仮に、万が一、奇跡的にそういった事が起きたらの話だ。
―――正直言って、知り合い以外の特進科に接するのは暫く勘弁願いたい。
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