その怒りを羨望すべきか(7)



匂坂の顔面を男らしくぶっ飛ばそう(語弊があったとしても流して戴きたい)とした途端、腕にとんでもない抵抗が掛かった。後方に引きずり倒そうとする力に此方も全身で抗い、吠えた。何処の何方様かは知らないが、邪魔を、するな!

「邪魔すんな!」
「お断りしまーす」
「…!」

返ってきた軽い語調にびびった訳じゃない。匂坂が目の前に居る限りは、俺を止めたのは第三者だ、と理解する程度には正気だった。だから、そいつに邪魔するな、と言った。
振り上げた痩せぎすの腕は、柱の向こうから欠片の力みもなしに縫い止められていた。あまりにも容易く押さえ付けられて、余計にかっとなった。
だが、情けのないことに、そいつと俺とでは、相手の方が断然力が強かった。一度しっかりと捕らえられた腕は、どんなに引いてもびくともしない。

飛び入りの声は、酷く近い距離から聞こえてきた。高すぎも低すぎもしない、柔らかな質の良いビロウドみたいな男の声だった。

「あれ、君…」
「…っは、…?」

昂ぶった精神状態のまま、おぼつかない呼吸を必死に抑えて、突如現れた邪魔者を振り返る。

そして、固まった。





そこに立っていたのは、あり得ないくらいの美形だった。






すんなりと高い背丈に均整の取れた体つき。艶やかな髪の色はミルクティーのようなまろい色で、少し長い襟足は肩口まで下りてきている。やはり長めの前髪の下、アーモンド形かつ二重の双眸は物憂げな印象が強い。濃い睫毛に縁取られて優美に瞬きを繰り返している。
鼻梁は真っ直ぐ、薄くて形が良い口脣は仄かに笑んでいた。当然(なのか?)、膚には染み一つなく、うっすらと見える歯の粒はあくまで白い。

完全無欠の美しさとはある種の没個性、という論を何処かで見たことがある。彼を眺めている内に、その記憶がふと蘇った。
ぱっと見、欠点らしい欠点がどこにもない。黄金律だか何だか知らないが、最も正しいと思われる位置にひとつひとつのパーツが置かれている。
分類としてはアイドル顔なんだろうが、多分世のアイドルというアイドルをぞろりと並べて、頂上決戦をやったら間違いなく優勝だ。

彼はつやつやとした、先が細く尖った高そうな革靴に、フレンチグレーのスラックスを穿いていた。角の丸い長方形のバックルは横文字が刻まれている。疎い俺でもブランドもんかな、くらいの予想は付く。
上は半袖開襟シャツと緩く締められた赤いシルクのタイ。ごついシルバーの時計が俺を掴む腕の先で煌めいている。こちらもお値段が張りそうだ。
黒澤とよく似た出で立ちに、特進科だ、とは分かった。一つ二つ、年が上に思えるくらい大人びて見えるけれど学年も一緒だ。赤は普通科、特進科合わせて一年の学年色だから。



兎にも角にも、俺と匂坂の諍いを止めに入った奇特かつ不運な人物はそのような男であった。
問答無用の美形っぷりとそこから来る圧迫感は、変人だらけの下宿生と新蒔に慣れきっている俺、および背後に居た匂坂の時間をあっさりと停止せしめた。





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