その怒りを羨望すべきか(6)



大して変わらない身長を、その背骨を弓なりに撓ませた匂坂は、今や完全に此方へ覆い被さっていた。
怒気に染まった顔は初対面の時のように紅潮し、歪んでいる。落日は梢の外側やベンチの表面、匂坂の体躯の輪郭を照らし出していた。強烈な赤は、光というより火そのものだった。

「君は僕の命令を正しく実行出来なかった。ただでさえ欠陥があるのに、お使いですらまともに出来ないなんて」
「けっ、かん?」

口を突いて出た自分の声は、そうと思えないほどに平坦で、枯れた音をしている。
―――欠陥?

「そうさ、」と匂坂は言う。哄笑の形に開いた口は殊の外大きく見える。
「欠陥人間だ。だって君は不感症なんだろう?姉さんに聞いたよ、君のこと。女に服を脱がせて、裸にさせて、それでもセックス出来なかったって。勃ちもしなかったんだろ?」
「……」
「他にも、もっとだ。キスをしても人形みたいだったって。まるで猿真似みたいに、鹿生さんのやることに合わせて、でもいつも気持ちよさそうじゃない。鹿生さん、悩んでたみたいだよ?……“わたしがヘタなのかな”。姉さんによく相談してたらしいよ」
「……煩い」
「彼女にそこまでさせる?それって男としてどうなわけ?ま、僕としてはどうでもいいけどね。女なんて、興味ないし」
「いい加減に、その口閉じろ」

囲いから抜けだそうとしたら、匂坂は体ごと俺に立ち塞がってきた。骨張った指がぐい、と肩に突き刺さる。痛さは―――もう、感じなくなっていた。

「そうそう、そういえばキスだけじゃないよね。鹿生さんに触って貰ったらしいじゃないか――あそこを」

彼は、言って、けたけたと嗤う。心底楽しそうに。

「でも全然ダメだったんだってね!そっちが使い物にならないんだったら、ネコでもやってみたら?」

黙れ。

「案外とイケるかもねえ!余程の物好きじゃないと寄ってこないと思うけどさあ!」
「―――だま、れ」

黙れ!

「何なら僕の知り合いに声掛けてあげようか?玩具くらいにはしてくれ―――」
「黙れって言ってる!」

―――誰しも自分の痛いところを突かれたらぶち切れるものだ。所謂、図星ってやつ。
氷点下から一気に感情を引き上げられ、酩酊感すらおぼえるほどの怒りに支配される。頭の中、ちかちかする。
どれだけ自己嫌悪したか、使えない体躯を憎んだことか。鹿生さんに申し訳なくて歯痒いとすら思えない時もあって、自分のことで手一杯で。それがまた、厭で厭で仕方が無くて。
知らない癖に、分かりもしない癖に、ふざけるな。

赤いのは空じゃなくて俺の視界だ。頭も、目も、すべてが充血したみたいに赤く染まっていた。勝ち誇ったように卑下した笑みを浮かべる少年の、その細い首もとを掴む。引き寄せる。匂坂はまだ嗤っている。相手の指も俺の体から離れない。

右手の拳を固めてそれ以上言葉を発さずに、滑らかな頬目掛け拳固を突き出した。俺もまた、自分自身の行き場のない感情を殴りつけようとしていた。


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