その怒りを羨望すべきか(5)



「だからホモがどうとか、汚いとか、そういうことは言ってない。…大体、脅してる、って自覚があるならするんじゃねえよ。あんたがやったことは立派な脅迫だろうが」
「…君がそういう風に思い込んでいるんじゃないかと思って、言っただけさ」
「なに?」
「僕は命令をしただけだ。脅される、なんて。対等の立場に居ると思ったら大間違いだ」
「……」

あー、俺、今間違いなく黒澤化してる。総無言キャンペーン、夕方の大特売セールだ。
脅迫って対等の人間にすることで、格下の相手に実行すればそれは命令になるのか。…初めて知ったぞ。

「君は命令されて当たり前の人間なんだ、」と匂坂はぎらぎらとした目を見開いて言ってのけた。
彼の気が昂ぶるのにつれて、俺の頭も感情も、急速に冷めていった。相手のテンションが上がると反比例的に自分がクールダウンしてく法則って、絶対世の中あるよな、なんて。そう考えるくらいに、冷静だった。

「嘘を吐くのもいい加減にして貰いたいね。何故、惺さんがそのチケットを持っているんだ?答えは簡単さ。君が僕のこと貶めて、証拠と称してチケットを渡したんだろう」
「……事実は全くその通りじゃないか。普通に考えてあんなこと言われてハイソウデスカ、って言うこと聞くかよ」
「何度言ったら分かるのさ!拒否権なんてもの、君にはないんだ!!」

少年が一歩、一歩とゆっくり詰め寄ってくる。夕日で濃くなった影ごと俺に近づき、鼻先に人差し指を突きつけてきた。チケットを拾い上げた時の変な姿勢のまま柱にもたれ掛かっていた俺も、ようやっと背を正し、彼と視線を合わせた。

至近距離で、ようやく気付いた。

匂坂の息が想像以上に荒いこと、目つきの鋭さ。ぶるぶると痙攣しているかのような細い身体――今ここにナイフがあったら、こいつは迷いなく俺を刺すのではないか、そんな馬鹿げた思いに、瞬間、ぞっとなった。恐怖だろうか。匂坂が、怖いのだろうか。

(「…いや、ちがう」)

恐れるのなら、その想いの深さをこそ、だ。自分が理解出来ない感情をぶつけられることの方が、単純な怒りよりも余程に恐怖だ。

匂坂の憤りが真実向かっている先は、俺じゃあなく、想いが叶わなかったこと、なのだと思う。俺へのこれは、八つ当たりだ。
見目先輩に好かれたかった、そういう関係になりたかった。でも、駄目だったのだろう。駄目だったからと言って分かりました、と諦められない。認められない。
何が間違いだったのか、と振り返った時、自分を責められず、道具である俺に矛先が向いた。
血を吐くように糾弾を続ける匂坂の声が、態度が、見目先輩への恋情を伝えてくる。


それが、錐のように深く俺を抉る。無理解を責められているような罪悪感をおぼえる。
勝手な思い込みだと自覚しているのに、呵責は音もなく落ちていく砂粒のように溜まっていく。




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