その怒りを羨望すべきか(4)



普通科の昇降口で待ち伏せていた匂坂は、問答無用とばかりに俺を引きずり回し、例の中庭まで連れ込んだ。あの、舌を噛みそうな愛称だか名前だかがついた特進科の中庭だ。
何すんだ、くらいは言ったが、俺も抵抗らしい抵抗はしなかった。そろそろこいつが現れてもおかしくない頃合いだとは思っていたのだ。

緑の箱庭は相変わらず人影もなく、遠くから流れてくる運動部の掛け声と、鳥が枝葉を蹴って飛ぶ音が微かに聞こえるくらいの静けさだった。
藤棚の脇、屋根付きの四阿まで歩いてくると、彼は俺をいきなり突き飛ばした。

「……っ、」

よくよく人をどつくのが好きな男だなあ、おい。やられる俺も俺だけど。
ぐん、と手を引っ張られ、次に全身でもって押し出されたので、どーんと見事に吹っ飛んでしまった。鈍い音がして、すぐに背中が重い痛みに襲われる。身構えもしなかったので、もろに身体を打ち付けてしまった。かなり、痛い。

「痛…ってえな…、ったぁ!?」

続けて頬に衝撃が奔った。乾いた音につられて地面を見下ろせば、憶えのある紙の束が拡がっていた。頬がじんじんと痛む。平手で叩かれたのに近い、後から滲むようにやってくる痛さだ。
俺は背を柱につけたまま屈み込んでチケットを拾い上げた。本来であれば報酬となる筈だったそれ。匂坂が持っている意味。
予想できる答えはあまりにも簡単だ。つまりは、見目先輩は、彼にこのチケットを返したのだ。

「…見目先輩と話したのか」
「…惺さん(匂坂は「さとるさん」と見目先輩を呼んだ)とは、昨日、話をした。それはその時に受け取ったものだ」
「………」

手紙に従って、見目先輩は匂坂と待ち合わせたか何か、したのだろう。義理堅そうな人だから、一方的かつ唐突な約束でも破るとは思えない。
次は自分が考える番だ、と彼は言っていた。考えた末の結論を匂坂に明かし――――その内容は匂坂自身の表情がはっきりと物語っていた。
青白い面に柳眉を吊り上げ、紅を刷いたかのような脣を噛み、特進科の少年は怒声を上げた。

「惺さんは僕の気持ちを受け止めた上で、きちんと返事をしてくれた。僕はそのことを責めたり、彼を憎んだりするつもりはない。惺さんは最後まで紳士的だった。ずっと、僕に付いていてくれた」

でも、と興奮と憤怒とで、喉のあたりに突っかかったような声が言う。

「僕が許せないのは君の遣りようだ!何故、なぜ、惺さんがこのチケットを持っている?これは君にくれてやったものだろう。どうして彼が持っているんだ?」
「………それは」

俺が見目先輩に渡したからだ。手紙のついでに、うっかりと手渡してしまったから。
即座に言い返し損ねたのは、懸念していたことが解消されていなかったからだ。手紙を渡した相手、それが確かに見目先輩であった自信が俺には無かった。
―――既に匂坂と先輩が逢っている以上、俺の疑問はやはり穿った考えだった、ってことなんだろうけれども。

僅かな逡巡を匂坂はどう解釈したのか、「やっぱりね、」と吐き捨てるように言った。

「…君は惺さんに言ったんだろう?『この手紙の相手に脅されてる』って。それとも、『手紙を書いたやつは汚いホモだから気をつけろ』とでも言ったのか?」
「…はあ?」
「万が一にも彼が僕を断る理由なんて無かったんだ。だって、惺さんは言っていた。君の気持ちはとても嬉しい、って」

おいおい。それは『お断り』の常套句だろうよ。

「とても可愛いし、魅力的だ、とも言ってくれた」

―――見目先輩、ちょっと言い過ぎじゃあありませんか。

「……『でも』、だろ」
「!」
「でも、付き合えない、無理だ、って。言ったんだろう。見目先輩は」
「………」
「だったらそういうことなんだろうよ。言っておくけど、俺は一言だってあんたのことは話してない」

何せ説明する暇もなく渡しちまったんだからな。


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