その怒りを羨望すべきか(2)



急いで部屋に戻って着替えて、鞄を引っ掴んで階下へ降りた。運動部組は既に出払った後だった―――つまり、見目先輩も、だ。

「昨日はえらい遅くに帰ってきよらして、朝はいつもどおり、早よ行きよった。あがん夜遅かとは、そおにゃ珍しか」

とは、ばあちゃんの言だ。確かに見目先輩って夜遊びして回るようなイメージ、ないよな。結果的に俺は逢えずじまいのまま、夜を明かしてしまったわけだ。


ユキと騒いでいた割に、時間はそこまでやばくはなかった。ばあちゃんのせっかちさと黒澤の目覚まし(もう起きていたけど)に感謝だ。先に飯を食っていた東明先輩もなし崩し的に一緒に学校へ行く運びになった。皆まとめて追い出された、とも言う。

先に行ったとばかり思っていた黒澤は、正面階段に腰を掛けて本を読んでいた。俺やユキが飯を食って靴を履く段になって、腰を上げた。

「…黒澤と大江って仲良いのか?」
「…さあ…悪くはないと思いますけど」

格別良くもない、とは思う。それでも、俺と東明先輩の先に立って並んで歩いているのは、ユキと黒澤だ。いつも俺の隣を歩きたがるユキにしては珍しい。こうしてやや離れたところから見ると二人のでかさが目立って、なおのことむかつくな、うん。

さらに驚愕なことには、黒澤から何かをユキに話している――見ようによっては相談している雰囲気だった。ユキに話して解決することって、何だ?水道の配管が悪いとか、部屋の壁がどうとかって話題だろうか。謎だ。

「…斎藤って、何が好きなの?」
「はい?」

突然振ってきた質問になんぞ、と顎を上げると、癖毛に指を突っ込んで引っかき回している東明先輩と目があった。途端にふい、と視線を逸らされる。俺何か悪いことしたっけ。
好き、好きって。いきなり言われても思いつかないな。

「ああ、ヨーグルトとか」
「ヨーグルト?」

風邪を引いた時に兄貴が買ってきてくれて以来、何かうまい気がするんだよな。小振りの瓶詰めヨーグルト。ちょっと固いやつ。

「ヨーグルト…ヨーグルトか…。そうか…」

ぶつぶつと復唱した先輩は、某かの意志を秘めた、厭に決然とした声で言った。

「よし、じゃあ今度ヨーグルトがうまい店に行こう」
「…ヨーグルトがうまい、みせ…?」

そんなの存在するのか?ヨーグルト専門店、みたいなやつか?あるなら、確かに行ってみたいけれども。

「あるんですか?俺行きたいかも」
「だよなあ!」と、東明先輩はぱっと輝く笑顔で言った。
おお、こういう顔もするのか。いつも林先輩たちに相対している般若顔のイメージがあるから新鮮だな。
「おし、俺調べとくわ。…ああ、そうだ、大江!」

振り向いたユキが「何ですかあ」と暢気な返事をしている。

「ヨーグルトのうまい店、どこか知らないか?」
「ええと、――ブルガリア、とか?」

―――ちょっとそれ、遠すぎるぞ、ユキ。
あと黒澤、何を相談しているのかは知らんが、取りあえずそいつに話したところで解決は無理な気がしてきたから、適当なところでやめておけ。




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