その怒りを羨望すべきか(1)



【斗与】

あまり抱き心地はよくないにしろ、巨大かつ温か(結構体温が高いのだ)なユキ枕で眠った俺は、ちょっとないくらいに良く眠った。
それは暴力的なまでの睡眠だった。
生えた草を根こそぎ刈られるような、ブルドーザーですべてがなぎ倒され、平らかにプレスされてサラ地になるがごとき眠りだった。
弛緩しきった身体に、密着したユキが、とく、とく、とく、と心音を伝えてくる。割合と早いペースだ。その内、意識が或る時点でぶつり、と根こそぎ奪われ、フェードアウト。
覚醒も唐突に訪れた。

目が覚めると、隣でユキが仰向けになって目を閉じていた。眠っているかと思いきや、彼はしっかり起きていた。少し腕を揺すってみると、ぱちり、と目蓋が開いて、横顔がこちらを向く。しっかりした頬や顎の稜線に、金茶色の髪がはらはらと掛かっている。何か眩しいものをみるかのような表情で、彼は微笑んだ。

「…おはよ」
「………おう」

ユキが普段使っている枕を奪い、俺は彼の脇のあたりに頭を置いていた。顔だけではなく、身体をもしっかりと横にしたユキと俺とは、自然、見つめ合うのに最適な体勢になった。

「……ふふ」
「…なんだよ」
「いや、なんだか、こういうのって…」間にくすくすと笑声を混ぜながら彼は言う。「…ううん、うん。なんでもない」
「はぁ?」

だが俺はそれ以上の追求を避ける。聞けばユキはあっさりと続きを明かすだろうし、その解答は俺を撃沈させるに足るものだと推測する。
ほんのり染まった頬とか、箍が緩んだような笑い方とか、ひたすら浮ついた声とかは、言葉以上の雄弁な答えだ。何故朝も早よからベッドの上で見つめ合って照れ笑いなんぞせねばならんのだ。大々的に黙秘権を主張するぞ。

さっさと退いてしまわなければ、時間ぎりぎりまで糞恥ずかしい会話を続けてしまいそうな雰囲気を察した俺は、我ながら不自然なくらいに口をしっかりと閉じ、長々と横たわるユキの身体を跨いだ。ああ、見る度に腹立たしい。なにを食えばこんなに育つんだ。
流石に顔の上を通るのは憚られ、伸びた両脚を越えていこうとした時、非常にありえんことに、その脚がぱか、と両側に開いた。必然的に長いコンパスに引っかけられて、俺は股裂き状態になった。何さらす!

「お、ちょ…待て!―――ふざけんな!」

当たり前にバランスが崩れて、前のめりに倒れた。がくりと膝が折れ、ユキの太股当たりに膝頭が落ちてしまう。流石の彼も低いうめき声を上げた(ざまをみろ)が、瞬時に回復し、身体を支える為に俺が突き出した二本の腕をそろそろと撫で上げた。

「元気でた?」
「出そうと思って出るなら苦労しねえよ」
「それだけ言えるなら、ちょっと安心したかも」
「そうかいそうかい、それは結構だから手、離せ」
「飯だ」
「…………?」

うん、飯?飯がどうしたって?
俺とユキの頂けない遣り取りに割って入ったのは、まあ、あまり当てたくもなかったのだが、予想通りに黒澤だった。半袖シャツに赤いネクタイ(特進科は制服のバリエーションが多いのだ)、灰色のスラックス、という登校姿の彼は、腕組みをして引き戸の枠に寄りかかっている。特に何の感慨もございません、という平生通りの面構えに安堵する一方、やはり恥ずかしい。

「おばさんが早くしろと言っていた。部屋に帰った形跡が無かったから此処だと思った」

解説、ありがとうよ!ついでに誤解をしないでくれるとなお嬉しいんだがな!
俺は慌てて引っこ抜いた手でもってユキの脇腹をぴしゃりと叩いた。ベッドから飛び降りて、黒澤を見上げる。―――気の所為でなければ、あんた、なんだか興味深々って顔してないか。

「………」
「いつかやってみたい、とか思ってんじゃないだろうな」

ちょっと前もそんな馬鹿げた理由で抱えられたからな。乗ってくれ、とか言われたら堪らない。俺の自意識過剰であって欲しい。本日も至って男前な黒澤氏はちょっと首を傾げて言った。

「俺が上でもいい」

……厭な想像ほどよく当たるものだ。



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