名前の無い少年(4)




俺は彼の言葉に対して何と返したのだろうか。
気がつけばなりの体格差がある相手にしっかりとしがみついて、肩口へ顔を埋めていた。涙は流してはいけないと思った。分かっていない癖に分かったふりで泣くのは、偽善みたいで厭だったから。
けれど、彼の言い様はまるで、自分自身がその者だと言っているかのようで、耐えられなかった。ビニールのつん、とした人工物の匂いと草叢の蒸れた匂いが鼻を刺す。目尻に水が溜まるのはその所為だ。

「ないているのか」
「泣いてねえ」否定の声は情けないほどに弱々しい。せめて繰り返して説得力を増そうと、俺はぐりぐりと頭を押しつけながらもう一度言った。「断じて泣いてなんて、ない」
「―――じゃあ、ないてくれ」

――――何ですと?

「ないてくれ―――おれのために。みたい。おまえがなくところが」

そう言って、彼は俺の頭の両側を優しく、しかししっかりと押さえつけて上向かせた。しかも事もあろうに眼球を舐めやがった!まさかそんな所業に出るとは思わなかったので、驚愕に目をまん丸く開いていた俺は抵抗なくべろり、とやられてしまった。何か染みる!それに痛い!

「うおわ!」

何さらす!と叫ぶ俺に構わず、彼はひたすらに俺の目や眦を舐め続けた。意味わからん。なんだこの図は。

「なかないのか」
「痛ぇ!ってか泣けるか阿呆!」
「なけばいいのに」

こめかみに近いところでリップ音がする。現状を深く考えると落ち込みそうなので、俺は敢えて(ああ、敢えてだ!)抵抗もせず、相手の好きなようにさせていた。直視には耐えられないので目蓋は閉じさせていただく。
こういうのは嵐みたいなもので、一過性のものだ。時間が経てばすべてなかったことになる。

「うれしい」
「…何が」
「たぶん、うれしいとおもっている。おまえがおれのためになくのはきもちがいい」

随分屈折した表現だな。しかも俺にとってはあまり有難くない発言だ。

「そうかよ」
「ああ」

きっぱり肯定されると二の句を失うんだが。
しかも目を開けて見たところの彼は、ほんとうに、ほんとうに嬉しげに笑っていた。はっきりと感情を顕すことのない平生が嘘みたいに、言葉通り幸せそうな笑みを浮かべている。

「…そうかよ」

今なら大丈夫だろうか、とレインコートのフードにそっと手を掛けた。首の根元から、多分これからも成長するであろう脚の途中まで、半透明の白っぽいコートはきっちりとボタンを留められている。まるで拘束衣みたいだ。俺の手の動きに気付いた彼はそっと首を振った――――横に。

「だめだ」
「……………」
「いまは、まだだめだ」

ふ、と思わず溜息が漏れてしまう。それを聴き咎めて、彼の声には苦いものが混じった。これも、珍しいことだ。はっきりと気持ちが載せられている。





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