(2)
「なに、どこ行くのそんで」
共有棟にある生徒会室、そこの主に用事があるという久馬と、生徒会役員兼付き添いを買って出た白柳とは、俺たちに続くようにして教室を出たらしい。
前方でふらふら歩く学年首席、および奴の軌道修正を何とかはかろうと試みる俺を、面白可笑しく観察していたのである。趣味が悪いぜ。
「アイスバナナを仕入れに行こうと思ってさ…」
改めて説明すると、餓鬼臭くて気恥ずかしい。自然、萎みがちになる語尾に、糸居が不思議そうに首を傾げている。
「へえ、いいじゃん。…おーし、オレも食堂行っちゃおうかな」
「え、見目どうすんの」と珍しく焦ったように白柳。「…約束してたんでしょ」
「帰りでも平気じゃね?つか、お前が携帯にかけりゃいいじゃん。オレ見目のケーバン知らね」
「なんで俺がそんな恐ろしいことしなくちゃいけないの」
ぎゃあぎゃあと言い合いを始めた二人に、相変わらず仲が良いな、と感心する。階段に差し掛かったので、それとなく友人の襟を後ろに引いて(まるで手綱だ)、調整をした。目聡く見つけたらしい白柳が、応酬を中断してレンズ越しの糸目をさらに細くする。
「帰一さあ。マチがいなくなったら大変だね」
「おう!」
そこ、元気に即答しない。こめかみ辺りに痺れを覚えながら、それでも掴んだ布は放さなかった。鎌田行進曲でもあるまいし、階段落ちとかされても困る。
「でも来年になったら受験生だかんな。人によってはクラス替えもあるし、…あんま面倒掛けてもらんねえだろ」
至極最もなことを口にしたのは久馬そのひとだった。俺様な言動が目立ちがちで、派手な奴だと勘違いされるけれども、実際はとてもまともな男なのである。
「立待は内部進学だっけ」
「うん、そのつもり」
むしろそのために高校から無理して、日夏を目指したんだから。久馬は頷いて、糸居に視線をスライドさせた。
「糸居は『外』だろ。オレもそのつもりだけど」
「え、キューマも外部進学なのかよ。意外」
正直に言うと、久馬はしてやったりという風情で口脣を吊り上げた。男前。
学園にとっては学業優秀、国体常連、見栄えもする彼は糸居と同レベルのいい宣伝になるだろう。簡単には手放してくれないと思うけれどな。
「白柳は?」
「うん?…そうだね、したい勉強が出来ればどこでもいいんだけれど」
飄々とした返事に、なるほど、と納得した。彼らしい。
でも、こいつのしたい勉強って何だろうか。家は誰でも知ってる有名ブランド、親のどちらかはメインデザイナーだ。ということは、やはり服飾関係だろうか。
「したい勉強って…」
「マチ〜、同じ学校行こうよ〜」
「はあ?!」
純然たる興味で白柳の希望を聞きだそうとしたのと同時、とことこと一段ずつ段を下りていた友人がとんでもない事をほざいた。思わず素っ頓狂な声をあげると、記憶を辿っても数えるくらいしかない、しっかりとした視線で糸居がこちらを見上げている。
「俺どっか大学行くんだけどさ、マチも同じとこにしよう」
「おっ前…」
どっか。どっかってどこだ。
国立でTとかKとか、酷いと海外でHとかMとかついちゃうような、俺にとっては成層圏か、はたまた兜卒の天か、みたいな大学に行くんだろうがよ、お前は。深々と溜息を吐き、「無理だ」と一言。だけど、糸居は聞いちゃくれない。
「俺もハコと一緒で、したい勉強できればどこでもいいしさあ」
「あのなあ、糸居…」
いつになく、しつこく繰り返す相手に説いて聞かせるように言う。
頭の出来が違うんだ、とか、お前が簡単に口にする「どっか」なんてところは、俺のレベルじゃどう逆立ちしても行けねえんだよ、―――行けるもんなら志望してえよ、とか。
卑屈だったり事実だったりする色々な文句が心の中で浮いては消える。もう一度深く息を吐いて、眼鏡の蔓を押し上げ、結局俺が言うことなんて、こんな台詞だ。
「進路の切れ目が縁の切れ目って訳じゃないんだから、無茶言うなよ」
「大人だねえ、マチ」と白柳。なんだそのいい笑顔は。
「大人ってか、当たり前の話だろ」
久馬は肩を竦めて、階段を一つ飛ばしに降りると鳥の巣頭をぺしりと叩いた。
「馬鹿言って立待困らせんな」
「……」
「オラ、返事しろって」
茫洋とした双眸が暫し俺を見、そして前を向く。
(「…え」)
なんだ。今の。
まさかとは思うけれど。
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