柳棺



※「漂泊」以前。周霖と伎良でいちゃいちゃ。





だれかの膝の上が己の指定席になるだなんて、姶濱(あいびん)とつがっていた時分は考えもしなかった。
大きくがっしりとして、よく筋肉の張ったそこに尻を落ち着ける。同じく長い腕が俺の体躯を囲うようにやってきて、導かれるままに頭を相手の胸へと押し付けた。
心臓の音がする。ど、ど、ど、と規則的に刻まれる鼓動がやさしいと、思う。目蓋を下ろし、耳を澄ませ、心音と己の呼吸をなじませる。

「眠いのか」
「…そういうわけじゃない」

そう問うてくる周霖の方がよほどあやしい。聞くなり、大口を開けてくあ、と欠伸をしている。今日は割と真面目に働いてくれた。文官的な仕事も難なくこなせるが、本来は外でつるぎを振り回している方が性に合っている男なのだ。

あかりは机上の蝋燭ひとつ、他はひたすらの闇。外はとても静かだ。退庁の刻限は既に過ぎている。大部屋の部下たちもとうに帰参した。
…引越の片付けは果たして終わったろうか。旦那様方がお帰りになるまでけりをつけます、と息巻いていた使用人頭の顔が浮かんで、ふっと笑ってしまった。

「なんだよ」
「思い出し笑い」
「ハア?」

訝しそうに聞き返してくるのを、胸板に頭を擦り付けて誤魔化した。

「……今日はここに泊まろうか」

冗談のつもりが、言葉にした途端、そうわるくない考えに思えてくる。

地方を回っていた頃は、宿住まいが専らだったから、俺と周霖の距離は半端なく近かった。景陵に戻ってきて、購った邸は相当にでかい。つがいの氏育ちを考えれば、当然で、でも、目に届くところに相手が居ないというのは寂しいものだ。
花精にとって、連れ添う花護はいのちにも等しい。餓鬼か、とからかわれても、仕方がない。そのように作られている。
内見をしたとき、広い背を見失い呆然となったことをよく覚えている。思い出すなり、あの感覚が蘇って目蓋を閉じる力を強くした。

意識をのばせば何処にいるかだなんてすぐに分かるのに、ただ、こわかった。

「どうしたんだ。らしくねぇな」

彼は戯けたように笑って、そうして、俺の額に口づけた。甘露が染み渡るようにじんわりと快感が伝播していく。腹を見せて服従している犬にも等しい。でも、どうにも周霖には分かって貰えていない。

「そういう気分になっただけだ」
「そういうって…どういう気分だっての。…あ、」

一段、低くなった声。おかしいくらいに急速に、情欲が滲んでいる。
案の定、獅子に似た美形はいやらしくにやついていて、先ほどまで崇高にすら思えた口吻は、今度はぬるったい舌を伴った、生々しいそれに変わっていった。彼はくっく、と喉を鳴らして愉しげに揶揄を始める。その裏にはあきらかな雄の気配が。

「…おいおい、珍しいじゃねえか。…ここじゃあ床しかねえぞ」
「どこでも、いい」

お前の好きに、と、最後まで言うことは赦されなかった。
顎を上向かされて逆らわずに口を開けた。舌を伸ばすと、軽くかまれた後で一息にかぶりつかれた。

「ん…」
「ふ、っは…、ん、」

くちゅくちゅと繰り返す交歓の中で、彼の名前が溶けていく。


周霖。俺の花護。

いつかこの体躯が枯れて、次の柳が生まれ出でたとしても、この感情は、思い出は俺だけのものだ。俺という棺に仕舞い込まれたまま、誰に引き継がれることもなく弔われる。
そんなものがなくても、柳は周霖につくすだろう。
願わくば花護の記憶すら奪ってしまいたいと思う。俺のことを知っている彼がほかの花精を娶る。それをつらいと嘆くのは、花精の分を超えているだろうか?

太い首に腕を回し、体をずらして正面から抱きついた。教え込まれた通り、脚を拓いて、彼の腹の筋に自分の欲望をすりつける。薄い衣は勃ちあがったものを露わにしていて、既に濡れてさえいた。
貧相な腰を、それでも誘う態で揺らす。

「どうか、―――…お前の好きに」

金茶の髪に顔を埋めて、ようやっと希みを口にすると、腰に回った無骨な手が帯を解いた。

「言われなくてもそうするさ」

頷いて、抱き締める力を強くする。
俺を構成するすべてに、彼の存在を刻み込むように。最期の日を過ぎたとき、その記憶と朽ちていけるように。


>>>END


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