(3)



「…時々、姶濱のことを話すだろう。あんな、懐かしくて仕方ないってツラ、すんのかな」

つるぎにかかっていた手が、俺の頬を撫でた。いとおしそうに、無骨な手が顔の輪郭を撫でる。

「伎良がどういう顔してオレのことを話すのか見てえよ。…ま、死んじまったのが当の本人じゃ見れるはずもねえけど」
「ちょっと、待て…」

頬を撫で、額に口付けるいつもの動作を必死で止めようと体をよじった。対する周霖は不思議そうに首を傾げている。腰に回った腕はほどかれない。額に掛かる髪が掌で押し上げられる。混乱しきりといった態の、俺の顔をのぞき込んできた。

「おいおい、どうした」


―――周霖が、死ぬ?俺を置いて?

そうして、彼を弔って、次の花護に昔話をする?


「想像が…」

耳に届く己の声がゆさぶられたように震えて、心許ない。

「想像が、つかない」
「おい、伎良…」

確かにあり得る可能性だった。
花護も花精も永くを生きるけれど、どちらかと問われれば後者の寿命の方が長い。しかも、俺と周霖じゃ生まれたのは彼が先だ。考えれば考えるほど、あり得るどころか、確率的には相当高いように思う。思う、のに。
理解はできるのに、現実に起こったとき、どうすべきか、どうするのかの想像がまったく、できない。答えを返そうと思考を巡らすと、まるで白墨をぶちまけたみたいに頭の中から色々なものが消えていく。早く、喋らなくては。はやく。

「…っ、あ…」
「伎良、もういい」

命じたつがいは険しい表情をしていた。つり上がった眉の間に深い皺が刻まれて、真一文字に引き結んだ口脣は、じきに、ぎり、と軋む音を漏らした。
左目いっぱいに肌色が溢れる。周霖の指だった。弧を描く涙袋の線をゆっくり辿っていく。
それで、ああ、と気付いた。俺のみどりの目は片方だけ、ほろほろと涙をこぼしていた。次から次へと止めどもなく流れるそれが、彼の掌を濡らしていく。

「いや、…あの、なんだ…」

弁解をはじめた俺の涙を、まるで幼い子にするように、周霖はやさしく拭ってくれた。大丈夫だ、という意味を込めて首を横に振ったけれど、頬にあてがわれた手が離れることはなかった。

「か、哀しいわけじゃ、ないんだ」
「……」

だったら何故泣いたのかと聞かれてしまうような、しかもその返答に窮するようなどうしようもないことを言った。馬鹿だな。だが、事実なのだから仕方がない。

「哀しいわけじゃない」と俺はもう一度繰り返した。「…でも、考えられなくて」
「いいんだ」
「…いい?」
「考えなくて、いい」と、周霖は言った。ばっさりと。「って言うか、考えんな。無駄だ」
「無駄…か、どうかはわからないが」



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