むかしばなし



俺が周霖(しゅうりん)と別行動をとる機会なんて、そうはない。他の花精にしても同じだろう。花精は大概、花護にくっついて動くものだ。
その、数少ないひとつが姶濱(あいびん)――前代の柳の花護にして、俺の初めてのつがい――の、墓参だった。

地方から景陵に戻るたび、時間を作っては彼女の墓を見舞う。俺と周霖の関係が、兵器とその執行者という一点で完結していたときから、ずっと続いている習慣だった。
出逢ってしばらくの頃は、外出の断りなんて入れる間もなかった。非番であろうがなかろうが、周霖は好きに出歩いていたから。だからあいつはあいつで、己のつがいが墓参をしているなどと、気付きもしなかった。

彼の行き先は飾窓(しょくそう)、と呼ばれる、からだをひさぐ者たちの住まう郭街だったり、彼の悪友たちのたまり場であったり、――幾度か必要があって探しに行ったこともあったな。遊んでいる癖に、周霖は執務室に押し込められたときとどっこいの、冷めた表情をしていたものだ。
憶えているかぎり、いつも。

人間の感情におきかえることなど出来ないけれど、俺と姶濱とは、友人であり、母と子にも近しい関係だったのかもしれない。
この世界に生まれて、胎宮(はらみや)の扉を開けて、見るものすべてが初めてだった。終わる先の見えない青春宮の廊下に、青い竜を染め抜いた春御方の旗。やわらかく微笑む百花王は今と変わらず千里(せんり)さま。勢いよく流れ込んでくる柳たちの記憶に眩々しながら歩いた。
赤子同然の俺はまだ、女の腰ほどまでしか背丈もなく、姶濱もただびとであれば五十代くらいの外見をしていた。少し白髪の混じる髪は几帳面に結い上げられていて、差し出された手の、意外なくらいのごつさから剣鉈をふるう武官なのだと分かった。

『財城の姶濱と申します。…はじめまして、柳の花精殿』

人の子とすれば、八つか九つほどの新米花精に向かって、深々と腰を折り礼を尽くしてくれた、あのひと。懐かしい、と感じたのは俺じゃなくて、前代の柳の、記憶の残滓だったのだろうか。感情は継承されないという花精のならいにおいては、あり得ないことだけれども。



「しかし、お前はよくやるよ。オレなんてお袋の墓参ですらさぼりがちだぜ」

御影石の円柱が突き立てられただけの、簡素な墓に水を掛けていると背後の男が億劫そうな口調で言う。柄杓を桶へ差し入れながら、背を向けたままで返事をする。

「…どこかで時間を潰すか。すぐに終わると思うけれど」
「いやもうここまでついてきてんだから、今更だろうが、そんなの」

しかし、そんな大口で欠伸しながら言われても、なあ。

「説得力がなあ…」
「なんだよ」
「…なんでもない」
「今から酒家にでもいってみろ。酒が出てきた途端にお前が迎えに来るんだぜ、きっと」
「昼から呑むのはどうかと思うよ、周霖」
「…ふん」

鼻をならして、ばりばりと頭を掻いている姿に、苦笑い。手持ちぶさたなんだな。
窘めつつも、完全に自己都合なので少し申し訳なく思いながら、仲間から貰った柳の一枝を墓前に供えた。黒く濡れた土の上に、薄緑のしなやかな枝葉が横たわる。これが河面に揺れるさまが、俺の瞳の色と似ているのだと、姶濱が褒めてくれたことを思い出す。
視界の端に青い影が映った。周霖が隣に並び、俺と同じように黙して立つ墓石を見下ろしている。

「家族は…居ねえって話だったな」
「正しくは、居る。居るけれども、離縁をしてからは何処にいるかは分からない、ということだった」




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