(3)



「―――は?」

他に言うべきことが思いつかなかった。むしろ、思考は完全に停止していた。
番を解消する?俺と―――周霖が?

「……」

唾を呑み込んだのは俺か、山吹か、あるいは両方だったのか。凍り付いたまま身を屈め得ていると、煌々は補うように言葉を連ねた。

「後見には万廻をつける。俺から世高さまに頼んでもいい。とにかく上に申し上げて、比翼連理(ひよくれんり)を裂いて貰え。これ以上、花喰人と番っていたら、お前、枯れるぞ」

比翼連理。
花護と花精の絆は、魂で繋がり誓約で守られた不可侵のもの。
百花王は花と人を結ぶ証を、多色のひとみで看るのだ。故に、番を切り離すときも蝶の目の花精が立ち会い、さらには執政が付きそう。人の王が持つ剣鉈には縁を断つ不吉なちからも備わっているから。番を解消した花護は大抵が無役になり、花精は胎宮に戻るのが常である。人と花の繋がりは互いに最良の相手をもって成立するゆえだ。
知識として蓄えている情報が、頭の中でわっと氾濫する。溢れかえるばかりで御しきれないそれらの所為で、山吹の顎の線が非情に動き続けるのを、ただ見返すのが精一杯だった。たとえ幼気な顔が、彼に与えられた容姿に不相応な怒りと、呆れと、皮肉とに染め上げられていたとしても。

「あのクソ野郎の所為で樒が枯れるのを見た。どいつもこいつもお高くとまってはいたが、皆いいやつだった。強い種だったのに、まるでゴミクズみたいに扱いやがって」

ふざけるな、と。顔色は紅を通り越して白く、まるで高い熱を誇るほのおのようだった。

「唐桃は、別嬪揃いで、気立てが良くて優しいんだ。それも数年だの、数月だので枯れていったよ。最後の淡露(たんろ)なんてな、半月だったんだぜ。半月だ?それが花精の寿命かよ?…淡露を看取ったのは俺と、乃木坂のお嬢だ。お前も会っただろ」

都察院付きの医女、恬子(てんこ)―――乃木坂恬子(のぎざか やすこ)。先の百足蟲を狩った際に手当をしてくれた、年若い女の面差しが思い出された。俺のことを案じていた。そう、不可解なほどに情け深く。肯定を示してのろのろ頷く。

「ひよっこなりによく頑張ってんだ、あの娘は。唐桃のときも夜通し手を尽くしてくれた。目の下にでかい隈こさえてぶっ倒れるくらいにな。残念ながら甲斐は、無かったけどよ」

もうあんな死なせ方はしたくはないのです。感情豊かな瞳に涙を浮かべて、口惜しそうに語っていた。俺の手を握る力は強く、深い後悔の色を窺わせた。理由など知るよしもなかったから、都察院の医女の任を負うには些か優しすぎるのではないか、と首を傾げたものだ。
彼女の脳裏に過ぎったのは己が看取った花精たちの、無惨な最期だったのだろうか。

「伎良。お前は花喰人にとってはじめての雄のつがいだ。雄であれば、柳であれば、ちったあ違う展開になるかと思っていた。でも、駄目だ。無駄に年取ってるわけじゃねえんだよ。俺に分かる」

煌々は託宣者の声で言う。

「―――早晩お前は枯れるよ」
「…そうか」

他にすべき回答は見つからず、ただ平坦に返すのみだ。余程、沈痛げに頷く彼の方が我が事のようだった。

「ああ、残念だけどな。俺だってこんなこと言いたかねえ。でも、事実だ」

俺は酷く凪いだ心持ちで先達の言を聞いていた。
混乱は既に収束している。代わりに沸き上がってきたのは別種の思いだ。立ち上がり、衣を正す。見下ろせば、山吹は己の言葉に偽りはないのだと示すかのように、真っ直ぐに俺を見つめる。

「真意を、…俺にそれを告げに来た真意を教えて貰えないか」



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