(4)



つがいを失った花は、別の花護を探すか、眠るしかない。休眠が長くなればなるほど、種は弱っていく。また、つがいを新たに得るのも生半可なことではない。花護・謝周霖が生きている限り、百花王は正しく柳の座を得る者を以外に認めないだろう。
このとき、この刹那に柳の花護として相応しい人間は周霖をおいてはいない、だからこその比翼連理だというのに。
煌々の発言に従えば、自ら命をつづめることになる。花精の常識を覆すようなものだ。ならば、他に手段あってのことなのだろう。俺が彼と別れ、かつ枯れずに済む方策が。
案の定、金の頭はこっくりと首肯した。

「都察院の右房に万目(ばんもく)と並星(へいせい)の相を合わせもつ奴がいる。日外(あぐい)という男だ。桂の花護をしている。百花王の立ち会いのもと、奴に一目会え」
「なんだって、」
「日外。経城出身の蒼旗だが、上のおぼえは悪くない。名前からして秋の庭に係わりがあるのか、…先代が秋廼から流れて来たのかもしれねえな。
年は周霖と同じか、一つ年嵩かだ。勤めの成り行きで幾度か会った。位階の低い旗人だ、今の立場になるには苦労も少なからずあったろうが、すれたところのない、いい奴だったぜ」

紹介する機を窺っていたのか、山吹の説明は立て板に水といった風情だった。正直、呆気に取られたほどだ。

花護の中には特異な相―――天賦の能力を持つ者がまま現れる。
執政を約束された「戴天」、他の庭につがいを置く「太極」、旅人の足と称される「踏里(とうり)」はあらゆる扉や関を無効とするちから。ひとの身でありながら、仇敵たる蟲の声を聴くことができる者もある。「虚心(きょしん)」という。
そして、「万目」と「並星」。
万目はその庭すべての花精に対してつがいになり得る相である。
仮に番っている花精であっても己のものとすることができる。その行為を俗に「剥がす」と言う。強いて、他へ嫁した花精を我がものにすべき必要があるか否かの、答えは是、だ。
草花の種は攻撃力に秀でているがあたりに弱く、樹木の種は耐久性があり、寿命も長いというのが一般論である。また、幾つかの種は元より能力が高い。春の庭なら桜、牡丹、桃、夏ならば向日葵に睡蓮といったような。武官にとって、自分の連れと戦い方とに齟齬があるのは致命的だし、強力な花精を相性の関係なく番に出来るのなら万目のちからを欲する人間は自然、多くなる。
一方の並星は複数の花精をつがいにすることができる天佑の相だ。多くは二。ごく稀に、三。仁徳者で名高い秋廼の執政、初梟(ういきょう)が、その稀少な例だ。彼のつがいは銀木犀、金木犀、楓の三体。理力の高い、並の花護であればひとりでも手に余るような花精たちだ。
並星の花護は情け深い者が多く、また花の扱いに長けているときく。煌々の言うように、件の日外とやらも多分に漏れないのだろう。

「桂を負える花護なら、柳だって支えきれるんじゃねえか。こればっかりは相性だが、ぶっちゃけ俺はいけると思ってる。桂ひとりしか連れてないのも幸運だ。下世話な物言いだが席に空きがあるっちゅうこった」
「仮に、…周霖との番を解消するとして」
「お、…おう」

ようやく口を開いた俺に、小柄な体躯がびくりと震えた。口にしている事の重大さを無論、彼は熟知している筈なのだ。

「その日外という花護との約がうまくなされなければ、俺は休眠することになるだろうな」
「ああ、まあ、そうなるな。でも、枯れるよかマシだろ」
「…周霖は、あいつも、余程の縁に恵まれなければ無役になるだろう。唐桃は既に花護を得たと聞いている」
「娶せの儀でお前が呼ばれたということは、花喰人と唐桃の間に、既に縁は切れたということだ」
「煌々、」俺は口脣の端を僅かに湿らせた。耳に入る己の声は乾いて聞こえる。
「それは、―――結果的に周霖を失職させるということか」

伴侶になるべき俺が他の花護に嫁ぐ、または眠りに入ってしまったら、周霖に番う花精は原則存在しなくなる。花精の居ない花護は官職に就けない。所謂、無役だ。
ただびとよりも寿命が長く、力が強い「だけ」の、人間になるということ。
ここに来て、少年の視線がふいと逸れた。



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