(2)



急に橿原が喋り出した。橿原だけじゃねえ。比扇もだ。つか田中って、…ダレ。

「佐藤」とテツ。
「いや、田中だ。…これは鈴木」と、すぐさま橿原が言い返す。
「違げえよ、山田だ」
「こっちが山田だろ」
「バッカじゃねえの、どっからどう考えても高橋だろ」
「馬鹿はどちらだか」

二重の目をかっきり開いて、小馬鹿にしたようにテツが言うと、それを受けた橿原は鼻でせせら笑ってみせた。オレは呆れて、変態二人組を振り返る。

「これなに」
「誰が何処歌ってんのかって聞き分けてんの。だから『声当て』。お遊びのつもりだったんだけどよ、二人とも真剣になっちまって」
「…あー…」

十和田の説明と、二人が口々に言う名前を聞いている内にようやく理解した。六人編成の国民的アイドルグループ。その曲を聴きながら、歌い手の声を聞き分けているらしい。しかも超真面目な顔して。

「…暇人」
「だから言ったじゃん、いい暇潰しだって」

そこ白柳、鬼の首を取ったように言わない。あまりにもどうしようもない内容に残り五分しかないが再度教室を出たくなった。トイレに行った彼を迎えに行った方がまだマシに思えてくる。つか、長げえよ月下。大か。まさか吐いたりとかしてねえよな。前触れなく突然調子悪くなったりするからな、あいつ。

「…久馬、俺そっち行きたい…」

蚊の鳴くような声で安納が呟いた。ストローを支点に紙パックを揺らしていた俺は、ハコの名前を呼ぶ。

「人選的にお前しか行けないから、行ってやれ」
「厭だよ。俺はトイレに行くの」
「はあ?ざっけんな」
「なんで」

なんでもクソも、羊の尻に狼をけしかけるようなもんだろが!

「じゃ、十和田」
「俺があそこ座ったら画面的にうざくね?」

画面はどうだか知らないが、お前は単体でも充分うざいから心配するな。

「…じゃあ、このイェイイェイのところはどうなんだよ」
「全員に決まってる」
「流石優等生は逃げるのもお上手なことで」
「…なんだと?」
「三人ずつで歌ってるかもしれねえじゃん」

「……」

イェイイェイって。ちょっと比扇君、大丈夫ですかオーイ。

「…これどうすればいい安納」
「俺に聞かないで!」
「ミツル、煩せえ」
「静かにしろ」
「すみませんしたアッ」

ついうっかり、縮こまるクラスメイトに助けを求めたら、両側の面倒臭せえ美形が集中砲火をした。済まん赦せ誤爆だ。
背後じゃハコと十和田がぶつぶつと遣り取りをしている。

「…あのさ、これ誰か正答知ってんの」
「俺と安納はヘビロテで良く聞いてるし、カラオケでも歌ってるくらいだから分かるけど。ひーちゃんもかっしーも、全然範囲外っしょ。歌詞カードもねえし、どうすんのかなあ。…って、キューマ?」

もう埒があかねえとばかりにオレは立ち上がった。ドングリ眼でこちらを仰ぎ見る十和田に指令を下す。


「十和田、白柳おさえとけ。俺が戻ってくるまで完遂出来たら、陸上部のマネージャー紹介してやる」
「アイサー!」
「ちょ…、キューマ!!」
「うっせえよ壱成」
「白柳、少し黙っててくれ」
「え、」

思わず口を噤んだ親友を余所に、俺はひょいと椅子をまたいで教室の扉へ向かった。目指すはトイレ。始業時間まで、外で彼と時間潰すこと決定。敷居を踏んだところで、廊下から入ってきた同級生に声を掛けられる。

「あれ、久馬組集まってなにしてんの」
「さあな」

肩を竦めてみせれば、そいつは興味津々の様子で連中を眺めていた。混ざりたいのなら止めはしないが、精神の保障もないぜ。もし良心があるのなら、安納と代わって遣ってくれ。

己の苗字が冠されているのが時々無性に疲れるのは、まあ、例えば、こんなときだ。


>>>END


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