La plus Belle pour Aller Danser
(久馬)
紙パックのジュースを片手にぶらぶら教室へ帰る。糸居曰くのコチニールジュース。そういえばコチニールの正体、まだ聞いてないな。あいつが居たら丁度良いから蒸し返してみるかなんてことを考える。
昼休みを次に控えた休み時間は全体的にそわそわしていた。やりそこなった課題を必死こいて片付けている奴もいれば、テンプレ甚だしく早弁に取りかかっている奴もいる。
「オレも焼きそばパン、喰っちまおうかな」
そいつの弁当箱を覗き込みながらぼやくと、相手は共犯を得た喜びをにんまりと湛えて頷いた。どうせお袋の弁当の他に、月下からも貰えるしな。
アレ、いつか材料費とか出した方がいいんだろうか。結構な散財だと思うんだけど。
席に戻ると、オレ非認証の通称―――久馬組、の連中が固まって座っていた。
ええと、比扇と、安納と、橿原。あとは十和田にハコ。
比扇はもやっとした(そうとしか表現できない)色気のある美形で、安納は月下ほどじゃねえけど若干気弱、橿原は言わずもがなの優等生兼、生徒会長のライバル。本人なかなか認めたがらないけどな。残りは変人と変態だ。
「おい、うーはどうしたんだ、うーは」
「卯堂?」と比扇が雑誌に目を落としたままで反応した。どこかか口早に言う。「…出てった」
「ったく、人にお使い頼んでおいて何なんだ」
卯堂に頼まれたコーヒー牛乳を奴の机に置いて、オレも座る。ハコと目が合うと、奴は意味深に笑った。原因なんてわかってる。
城崎がこいつを嫌っているのと同じレベルで、元ヤンオレスカウト陸上部障害走エースの卯堂君は、下半身大魔神の十和田を忌避している。
本人目の前だと「うぜえ」「死ね」「帰れば?」くらいの語彙しかないが、居ないところじゃ良くもまあと感心するくらいに悪態をお吐きなさる。
キノVSハコの猿狐対決との違いは、十和田は別にうーのことを嫌っちゃいない、むしろ進んで構う節があるってこと。卯堂かわいそ。
別にオレが号令を掛けたわけでもないのに、気付いたらぞろぞろ集まって十人超えだ。月下にも以前言ったけれど、全員が一枚岩じゃないし、そんなもの求めちゃいない。すっげえ仲の良い組み合わせもあれば、感動的に険悪な連中もいる。
で、後者の準代表格たる比扇――俺はひー、とか、テツ、とか呼んでる――と、橿原とが、机を挟んだ向かい合わせの位置で座っていた。
テツは前述のとおり、ファッション雑誌を膝の上に広げていて、橿原は腕を組んだ格好で瞑目している。これはまだ、いい。多くはないが時々はある光景だ。
オレが言いたいのはだな、メディアプレーヤーのイヤフォンをそれぞれの片耳に嵌めてるってどないこっちゃ、つうことよ。槍とか降る系の、何かの前触れか?
この二人じゃなければお前等どこかのバカップルか、と突っ込むところだ。
「……」
あうあう言いそうなツラで安納がオレを見上げてきた。フェロモン発散系のイケメンと、手堅い爽やか君の間で進退窮まっている様子である。最近は凡人も個性みたいだから、取りあえずそのまま座っておけ。逃避には元素の周期表がおすすめだ。
「…これどうしたんだ。つか、何してんの」
「声あて」
「コエアテ?」
ハコが小声で答え、十和田がにやつきながら口脣に指をあてた。二人とも面白がっている。訳も分からず紙パックの中身を、じゅるじゅると音を立てながら吸い込む。橿原が奥歯で思いっきりアルミホイルを噛んじまいました、みたいな目つきでこちらを見た。
「んだよ、なんかしたかよ」
「だから声あてなんだ、って」とハコが言う。「誰が何処歌ってるか、あてんの」
「はあ」
「最初オレと安納でやってたんだけどさァ」
後を引き継いだ十和田に助けを得たように、安納は立ち上がろうとして―――失敗した。ヘッドフォンを仲良く分ける二人から同じタイミングで睨み付けられたのだ。目力はんぱねえ。オレも混ざってガン飛ばしてみたら、とっつき易い地味顔の目が虚ろに彷徨いだした。いかん、やりすぎた。
「…ひーちゃん来たから、バトンタッチしてさ。したら、橿原が安納課題やったのか、的なこと言いながら入ってきて」
「そしたら、…ふふ、てっちゃんが優等生ご苦労様発言してね」
ふふじゃねえよハコ。止めろよ。お前なら何とかなるんだから。
「いやだよ面倒くさい。いやよいやよも好きのうち、って良く言うでしょ」
この場合、その用例は間違っているように思うのはオレだけか。
眼鏡の友人は長い脚を組んで、首を少し傾けたいやみったらしいポーズを作った。静観の構え、ってやつだ。
「それにキューマが戻ってきたら何とかなると思ったから。短い間だよ」
「……」
オレのこと、働かせすぎじゃねえか。注意深くジュースを吸い上げながら、はてどうするかと思案した。どのみち始業時間になったら教師が入ってくるから解散になる。確かに、ハコじゃなくても放置するかもしれん。
と。
「田中」
は?
[*前] | [次#]
[ 赤い糸top | main ]