(7)



怪しい動きをする俺を余所に、奴はゆったりと近付いてくる。視線をそれとなく室内のあちこちへ飛ばし、特に異常がないことを確認しているようだった。互いの目がかち合った途端、吐息だけで笑まれる。くっそ、なんなんだよ気持ち悪いな。

「…変わりはないみたいだな」

奴は満足気に言いながら、見事な作りの剣鉈――一週間前に俺の首を刎ね飛ばそうとしたやつだ――を刀台へ置き、斗篷を無造作に椅子の背に引っ掛けた。白蝶貝の填め込まれた鞘が目に入った途端、何やらモヤモヤしたものが胸の中に沸いてきた。「あのとき」の恐怖とは、また別種の、負の感情だ。割と最近感じたような気がしたが、どうしても思い出せない。結局は追求するのも面倒で、なかったことにした。どうせ燕寿由来のものなんだろう、深く考えている時間が勿体無い。

「何か困ることや不満はあったか。…清冽は、口喧しいやつだが、仕事のそつは無い。そう不便はないだろうが」
「…てめぇが」
「あ?」
「てめぇが帰ってくる迄は困ることも不満も無かったよ」

これくらいは言って遣っても大丈夫だろう、という一線が、まだ読めない。だが万事我慢が利くかとなると、別なのである。相手ににっこり笑われたからって、俺が同じように返してやる義理はねえっつうの。
蒲団の上、正座をする格好で、かつそっぽを向いたままに文句を垂れると、野郎は明るい笑声をあげた。

「それは失礼した。…俺はお前の顔を見たくて千里を駆けて戻ってきたってのに」
「はあ?!」
「…つれないなあ。…クク、」

投げかけられた台詞の、あまりの内容にぎょっと振り向く。得たりとばかりに口角を吊り上げているものだから、顔面を引き攣らせるしかない。


さて、勝手知ったる様子で燕寿が動き回っているのは、雰囲気云々をさておいて、この部屋がマジに燕寿の部屋だから、である。でかい態度でふんぞり返ってはいるものの、部屋の持ち主は奴で、俺は完璧なる居候だ。せめて自室を与えられていたら、閂下ろして窓から脱走、なんてことも挑戦できるのに、残念至極である。

昏倒している間、どうも清冽さんから俺の回答を聞いたらしい奴は、当然のごとく俺を自室へ放り込んだのだ。
なんでも、つがいであれば同じ部屋で寝起き生活を共にするのは常識、だとのことで、実際それはそうで、俺は早速、自分の失敗を呪う羽目になった。仮に嫁であっても、こいつは同じこと言いかねないけれど。三つ指ついて「おかえりなさいませ旦那様」とやらされずに済んだ、と思うしかない。せめてもの慰めだ。

「出て行った時よりも元気そうで重畳だ」

諸悪の根源は平然と言いながら手袋の先を歯で噛んで乱雑に引き抜いた。畳んだ脚の近く革製のそれがぽいぽい放り捨てられていく。
いつ何時でも逃げられるようにと横目で観察していたら、視界がふっと翳った。

「少しは休めたようだな」
「…っ!」

いきなり髪毛を梳かれてびっくりしてしまった。癖っ毛を引っかき回し、最後には丁寧に撫でつけてくる。驚いて顔を上げた先には、穏やかな表情があった。

「……」

なんで、そんなツラするんだよ。なんで、俺が妹にするみたいな、愛おしそうな手つきで頭を撫でくりまわしたりするんだよ。
さっきだって、そう。千里を駆けたなんておべんちゃらを使ったところで、益はねえだろうに。

こいつの考えていることがちっともわかんねえ。
俺が燕寿について知っているのは、世間の誰もが知っているような通り一遍の基本情報と、…体に残された感触だけ。
例えば、手。
前髪を指で弄び、掌で髪全体を撫でつけていくこれが、筆頭の子息のものとは信じがたいほど固く、胼胝(たこ)すらもあるのだと、知っている。

―――俺の体躯のありえないところまで触れていった、憎むべき、

「…ただいま、迦眩」
「…へ?あ、お、…おう…」

しまった。ぼんやりしていて(断じて気持ちが良かったからじゃない)、やめろ、とはねつけるべく開いた口でもって、「おかえり」とか言っちまうところだった。こんちくしょう、不意を打つんじゃねえよ!!
思わずお綺麗な顔面に火の玉をお見舞いしたい欲求に駆られた。それくらいならできそこないの半人半花にも出来る。
…でも後が怖いのでやめておいた。俺だって命は惜しい。仕方なしに心の中だけで、焦げろ!と念じてたら、睫毛に縁取られた切れ長の目がすうと細められた。何故、笑う。

「…ったく、本当、疲れた」

吐息に織り交ぜて喋る声に、背筋がぞわぞわする。クソ、負けねえぞ。
努めておざなりな口調で、「はいはい、ご苦労さんでした」と返してやると、奴は芝居がかった仕草で肩を竦めてみせる。

「…もっとしっかり労ってくれよ。誰の為に体張ってきたと思ってんだ」
「…あぁ…?」

どんなに多角的な側面から見たところで、諸悪の根源はてめえだろうが!
と、言いたいが、これまた本能が警鐘を鳴らしたので緘黙を貫くことにした。
超短い付き合いの中で僅かながら、学習したことがある。俺が噛みつくと、燕寿は嬉しそうにするか、こちらが返答に窮するほどのマジな突っ込みを入れてくるか、両方に加えて仕置きをするかの三択で、まあ、どれも面倒臭い。だから適度に黙っておくのも大事。



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