(19)
体躯の輪郭を辿る動きにぞくん、と寒気が奔る。まるでそれしか方策がないように、首を左右に振り続けた。湿った前髪から汗が飛ぶ。
燕寿の掌は、まるで焼き印だ。貫かれた胎の中よりも、さらに熱い。この感触を忘れるな、と言われているみたいで、怖い。真剣に忘れられなくなったらどうしてくれる。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
時折浮かぶ悪態と、胎内を擦られる感覚のふたつを残して、意識がぼんやりとしてきた。まるで妙な薬でもきまっちまったみたいだ。いきたいのにいけなくて、頭が沸いたんだろう、間違いなく。掠れきった声だって、勝手に喉から出てるだけだ。
推定阿呆面を晒し、涎をだらだら流しながら、揺さぶられるに任せていたら、俺の胸に頭をくっつけて腰を振っていた奴が、低く唸った。
「ひっ…?!…い、な、何…?」
脇をぐっと掴まれて、押し倒される。ぶちゅり、という音と共に結合がさらに深くなって、俺は喉を仰け反らせた。待ってましたとばかりに喉仏の浮き出た急所を燕寿が甘噛みしてくる。突き上げに合わせて揺れていた脚を、赤い衣装を纏った肩へ引っ掛けられて、このときばかりは人間らしいというか、無駄な生気が溢れている整った顔が近くなって。
「あ…、ああ…」
ああ、クソ。またこの体勢か。汚れまくった顔を、さらに歪めて、内心唾を吐く。
穴さえあれば、って感じで後ろから犯されるは論外だが、向かい合わせでヒイヒイ喘ぎまくってる表情を見られながらやる、ってのもしんどい。しかもだ、相手に、
「迦眩、…すっげえ、いい顔」
(「…もうほんとう、ヤダ…」)
欠けたところのない好意を差し向けられているのだと、明白であるなら、余計に。
睫毛の濃いきららかな双眸に、阿呆みたく半開きに口を開いて、熟(う)んだ目つきで見返す自分自身が映っている。
滂沱の涙に、涎も凄まじい。壮絶に頭が悪そう(いや実際事実なんだけど)。だが、俺の変顔以上にやるせないのが燕寿の「可愛くて可愛くて仕方有りません」的なツラだ。
ど畜生の厭なところなんて数え上げれば枚挙に暇がないが、もしどれかひとつを選び出すなら、これだ、と思った。
―――コイツはどうやら、本当の本気で俺のことが好きらしい。
理由とか動機は知らん。知りたくもない。
やった結果が現状であるなら、どんないきさつを聞かされたところで「そいつは仕方ねえな」なんて返事が出来る筈、ない。
でも、この男の好意は本物だ。おぞましいことに。すなわち、妹は完全に目的を釣り上げるための餌で、燕寿が真に狙いをつけていたのは、兄貴である俺の方ってことになる。
(「…ありえねえ…、つか、意味わからん…」)
変態の心情など推し量ったところで一般人に理解する術はないだろうが。
すっかり皺になってしまった敷布を掴んでいた手を剥がされる。手首の内側に小さく口付けをするなんていらないおまけつきでだ。濡れた口脣の感触にまた震えた。
「…こっちだ」
右の手は、豪奢な縫い取りが施された高い襟へ。
「は、…こっち、の手は、お前の好きなところを弄ってろよ、…もう嘘なんて、つかねえから」
左の手は涙をぽろぽろと零している俺自身へ導かれる。
擦って、とざらついた美声に命じられて、その卑猥さと落差に堪らなくなって、指で筒を作って上下に擦った。無我夢中だった。
「あ、いい、いく、イ、いく…」
…いいや、もう。
考えは全放棄だ。燕寿の首元に爪を立て、奴の腰の動きに合わせて尻を振りたくる。自分の動作の意味なんて、一顧だにしなかった。支配欲に駆られた雄の熱心さで抽挿を繰り返していた相手が、刹那、息を詰めた原因も。
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