籠鳥
できそこない。
振り返ると、黒い人型の塊がにやにやと笑いながら立っていた。
顔面にあるべき凹凸は口を残してきれいに消えていた。唯一の部品の端っこを裂けそうなくらい吊り上げて、そいつは、牙のようにうわった歯をぎらつかせている。
できそこない。
「……」
肚をかっさばいたら、お前のどこが足りないのか分かるかな?
俺は黙って、そいつの目玉のあるあたりを見た。ひたすらに黒い、泥濘のような身体をした相手だった。妙に長い腕の先には、刀が提げられている。やや湾曲した、夏渟ではあまりみない作りの剣鉈だ。あれで、俺のことを斬るのだろうか。
「…多分、無理だよ」
泥人間は不思議そうに首を傾げる。思いの外、感情のある動作に少しおかしくなる。無理だよ、と俺はもう一度呟いた。もしかしたら斬りかかる隙を狙っているのかもしれないそいつじゃなくて、自分自身に言い聞かせているつもりで。
もし俺に欠陥があるのだとしても、きっと何処かを切り取って、別のものをくっつけてどうにかなるようなものじゃないんだ。俺に限らず、他の多くの誰かも、多分そう。
俺の半分は人で、残り半分は花精で、でも、人間のつもりでずっと生きてきた。これからもきっと変わらない。仮にできそこないだとしても、じゃあ、何をどうすれば完全になれるんだ?
力があれば良かったと、それは思うさ。うまく花護たる、母の血が継承されていればと。
けれど、眩草(くらら)の花精だった親父を否定するつもりは、欠片もない。親父が、俺の父親じゃなければ、俺は、俺じゃないんだ。
半人半花だって事実も、俺を形作っているひとつの部品なんだよ。
父母を失ってから、ずっと俺が悩んでいたこと。空戒(くうかい)という友人を得たことで、ゆっくり俺に馴染み始めていた答え。―――支えになっている、想い。
………。
泥人形は刀をぶらさげたまま、ほぼ無貌と表して差し支えのない顔で、こちらを「凝視した」。こいつは俺の弱い心みたいなものなのかもしれない。普段は楯とも剣とも思ってよすがにしている想いの、その、裏にある。
なあ。もう充分悩んで、へこんで、納得したじゃねえか。不幸だとか、境遇を云々する時代はもう終わったんだ。自分に諭すつもりでのっぺりした奴を見つめ返す。すると、黒くぬめった顔の、例の口の部分が唐突に、一息に裂けた。
「いっ…?!」
そいつは、ざらざらとした声で言った。
―――お前がずっと、欲しかった。かくら。
嗤っている。しかも少しずつだけれど、俺の方へ歩き始めている。ひい、という悲鳴は喉で押し潰れた。後退り、逃げようとすると、足が全く動かなくなっている。慌てて見下ろす。足首に、鮮やかな縫い取りのある帯が絡まっている。金糸、銀糸、釣り鐘のかたちをした眩草の花が、布地の上で咲いている、祝い帯。妹に着せ付けてやる筈だった。
耳元で吐きかけられる熱い呼吸を感じた。それよりももっと熱い手が俺の頬を覆う。奴の口腔はあかく、ほのおのようにあかくて、
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