(3)
相手からしてもらう行為を、単純によろこぶ時期は既に終わっている。自分が対してなすべきペイを、対価を、考えるだけで泣きたくなる。何かをしたくても、何もないのだ。そこを失望されたら―――、白柳すらも、失ってしまったら。
ずっと独りのままで居るべきだったのだ、と後悔するのは、例えばこんなとき。
「あの…白柳、」
「なに」
「もし、…君が…、その、マニキュアとか…」
「ああ、その話ね…」
爪と肉の隙間にはいった粉をぬぐいながら、白柳の返事は適当だ。もうどうでも良いのだ、と言われているみたいで、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「いいってば、別に」
「白柳がそうしたいなら…っ!」
僕の手に掛かる彼のそれを必死で握った。秀麗な面がついと上向く。快も不快もない、努めて飄々とした表情の白柳に、いつものように笑いかけて貰いたくて、たどたどしく言葉を紡いだ。
「君がそうしたいなら、…好きにして貰ったほうが…」
卑怯かつ、卑屈極まりない言い種だ。我ながら怖気がする。許可をする態度で、相手に責を負わせるだなんて。春先からこちら、様々な変化があったけれども僕の愚かさはなにひとつ変わっちゃいない。
ふ、とうつくしいカーブを描く口脣が溜め息を溢すに至って、貧相な体躯はかたかたと震えはじめた。怖い。恐ろしい。君にまで、捨てられたら僕は。
「―――『君の好きにして』」
「え、」
最後の仕上げとばかりに、すがったままの僕の手を、白柳はウェットティッシュで拭き取った。庇護者をようやく見つけた迷子の態で、彼の手首を掴み続ける。
「そゆことだよね」
混乱した頭で考える。反芻する。
「…えと、…うん…」
それに類することを言った、のだろう。多分。
おぼつかなく首肯する。白柳はもうひとつ溜め息を漏らした。
「どうせなら、もっと違うタイミングで言ってよね。…まあ、いいけど」
「ご、ごめん…」
反射的に謝ると、彼は気にした風もなく、作品の完成度を確かめる手つきで、僕の掌を持ち上げた。つられて視線を上げるが、こちらからでは生白い指しか見えない。
「うん、こんなもんでしょ」
「…あ、ありがとう…」
「どういたしまして、――と言いたいところだけど、」と彼は口の端を吊り上げた。
安堵に胸を撫で下ろしたのは、ほんの一瞬の間。
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