(2)
明くる日、つがい―――夕筒(ゆうづつ)を先に登庁させ、恬子はぶらぶらとくだんの店へ向かった。
女がすべからく甘味が好きなわけではないが、少なくとも恬子は甘いものが好きだ。よって予想を遙かに上回る凄まじい行列にも耐えた。手前で横入りをしてきた年配の女をぶん投げたいのも我慢して、低い声で注意を促した。
そうして十ばかり、豆大福を購って、浮かれながら青春宮へ向かう。
秋廼からの行商人は店舗を小さくして丸ごと運んできたような態で、並んでいるそばから、餡を炊く香りや、三角形の豆餅を切り分ける音が、否が応にも食欲をそそる。袂に入りきれず、風呂敷で抱えた菓子の感触はずっしりと重く、さて、茶は何を淹れようか、と楽しみで仕方がない。
「珍しくも早起きをなさったかと思えば、…お目当ては昨日のお菓子でしたか」
くすくすと、上品に笑った夕筒は、水屋から茶器と、湯を持ってきてくれた。
皐月の花精、緋鞘(ひざや)よりも薄い赤紫の髪に、より明るい同じ色の瞳をした少年。恬子よりも五、六は下に見える容姿をしているが、実際は遙かに長生きだ。
「生憎と秋廼のお茶はありませんが」
「構わない。たしかいただきものの鉄観音があったはずだから、それを淹れましょう」
「かしこまりました」
皆が仕事をしている部屋の隣、昼食を摂ったり一服をしたりするのに使う小部屋がある。そこに陣取って、大福を五つばかり皿へ乗せ、夕筒が茶の準備をする様を、卓に頬杖をつきながら見守った。鉄瓶から熱い湯が注がれる。手元から、少年を見上げた。目が合うと、彼はにっこりと微笑んだ。お伽噺に出てくる天使とは、こんな姿をしているのかもしれない、と思う。
「夕筒も食べてみる?」
「わたくしは…、お気持ちだけで」
「そっか」
「では、お茶だけいただきます。…ありがとうございます、恬子さま」
「ううん」
花精も色々食べられたらいいのに、とごちると、夕筒は済まなさそうに笑った。
花精の主食は水と、花餅。そのふたつに尽きる。元より、人より「食べる」という行為が不要な種族で、種族によっては水と陽光だけで保つ者もいるという。
「でも、実際問題、うまいこと花餅とか、具合のいい水が手に入らないことがあるかもしれないじゃない。そういうときの為にこれは食べられる、とか、栄養になる、っていうのを調べておいてもいいと思うんだけど」
「花精は枯れても、次代がおりますゆえ。個体を長らえさせるという概念が、あまりないのかもしれませぬ。そのようなことがあっても、すぐに次の花精が生まれます。一代に執着する理由がありません」
「そうばっさり切り捨てられちゃうのも、なんだかなあ」
夕筒の言わんとしていることは分かるけれども、使い捨てのように花精を扱うことはどうなのだろうと思う。
事実、花精の病に対する研究や、怪我を癒す手法は春苑ですらも、進んでいるとは言い難い。必要がないと判断されているからだ。そういった分野の研究をしている医士や医女は居なくもないが、需要がないことも手伝って、ごく少数である。
ひとりひとりの花精の生は、数珠の玉にも喩えられる。種族として連綿と続く生だ。個体に固執する所以は確かにないけれども、ひとりの花精を大切に守り、育て、つがうことの何がいけないのだろう?
(「…そんなのって、」)
切ない、とか、寂しい、とか。続けそうになって、やめた。
感情的なことばかり言うので、甘ちゃんだの、これだから女は、などと馬鹿にされる。
性差をだしに嘲りを受けるのは初めてだった。少なくとも春苑にそうした風潮はない。恬子が反論しきれないのは、相手が責めてくるところの幾つかに、真実があるからだ。官吏になってしばらくになるが、確かに、甘いところも、喧嘩早いところも、ある。
「さあ、そのような難しい顔はおやめくださいませ。楽しみに買って来られたのでしょう」
「うん…、…そう、だね。よし、こうなったら死ぬほど食べてやる!」
「…お腹を壊さない程度にお願いいたします…」
盛った大福のひとつをがっしりと掴み、粉がこぼれるのも構わずに頬張った。慌てて夕筒が布巾を差し出してくる。美味しい。思い出した悔しさと、疑問と、口いっぱいに広がる優しい甘さを一息に呑み込んだ。
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