(4)



俺の気も知らず、すぐに傲慢な、ふてぶてしい笑みがとって代わった。首根っこがぐいと掴まれる。まるで逃がさないと言うように。

「くだらない話だけどな、あの馬鹿女、午前の非番に並んで買ってきたんだそうだ。わざわざ、な」
「…それを奪ったのか。…可哀想に」
「買ったのは非番の時間でも、務めの間に喰おうとするから取り上げたんだよ。非があるのは恬子だ。俺は上役として当然のことをしたまでだ。違うか?」

こんなときばかり上司風を吹かされても困るんだが。まあ、言っていることは冗談か建前の類で、あくまで恬子をからかって取り上げたんだろう。でなければ、彼女があまりに不憫すぎる。
顔を見たらどうやって慰めてやるべきかを思案し始めたところで、痺れを切らしたらしい周霖は、俺の口に饅頭を突っ込んできた。…忘れそうになっていたが、俺も不憫だ。

「喰えって言ったんだから喰えよ。あァ?」
「う…!ぐ、っ」

細かな粉が口や胸元にばっと散る。餅に似た感触の皮から、餡があふれ出てきた。

「どうだ。うまいか」

小豆の粒が粗く残っていて、口腔に一気に味が広がる。見た目の迫力の割には品の良い甘さだった。
そういえば行列云々と言っていたか。秋廼の、という珍しさもあるのだろうが、もしかしたら人気のある店の品なのかもしれない。詰まりそうになる気管を騙しながら、噛んで、噛んで、呑み込んだ。

「…は、はあ、はあ、…ふ、」

手の甲で口脣を拭い、ぜえぜえと肩で息をする。ずり落ちかけていた腰を大きな掌が支えてくれた。額を彼の胸板に預けるようにして呼吸を整えていると、小馬鹿にしたような声が降ってきた。

「…どんくせえな。菓子ひとつに騒ぐんじゃねえよ」
「おま、お前が…、いきなり突っ込むのが悪いんじゃないか…」

殺す気か、と非難しても何処吹く風だ。
節くれ立った指が油紙を取り上げて、机の上へ逃がす。ひとつ、掴んで自らも豆大福に齧り付いた。一気に半分がなくなった。

「こんな味か。悪くねーけど、…並んでまで買うもんかこれ」

どう思う。そう問われて返答に迷った。俺と人間の味覚を一緒にされても困る。究極の味音痴に聞いているも同然だ。支えてくれる彼へ体重を預けつつ、言った。

「人間には美味いんじゃないのか。…正直言うと、前に食わせてもらったやつと大差なく感じる」

これも駄目かとか言っているけれど、多分、どれも駄目だと思うよ、周霖。

もしかして、珍しいからわざわざ持ってきてくれたのだろうか。ふいにそう思う。手段には壮絶な問題があるが、だとしたら、気持ちは有難い。有り体に言えば、嬉しい。繰り返しになるけれども、花護に構われて嬉しくない花精はいないのだ。

「…ふうん…」

鼻を鳴らして、残りを口へ放り込んだ周霖は、紙に乗っていた最後のひとつへも手を伸ばした。
おいおい。さすがに、止めにかかったら、不服そうな顔をされてしまった。

「おい、恬子の分はどうするんだ」
「そんなもんねえよ」
「…は、」

いや、そんなものないとかって、それはまずいんじゃないのか。菓子の正当な持ち主は恬子だろうが。

「あいつは俺が取り上げる前、既に三個ばかり喰ってたみたいだからな、…充分だろ」
「……」

恬子。それは若干食い過ぎだ。饅頭の食い過ぎで腹をこわした、なんてことになれば、笑いものだぞ。…いいや、もしかしたら昼飯代わりだったのかもしれない、とすぐに思い直す。彼女を庇う文句を何とか捻りだそうと頑張っていたら、腰に掛かっていた手にぎゅう、と力が籠もった。

「痛…」

唐突な刺激に堪らず腰を折る。すると、下から掬い上げるように口を食まれた。

「ん、うっ…ふ、」
「は…、俺に跨っておいて余所事かよ」

お前が乗せた癖に、という台詞は胸の中に仕舞い込んだ。言っても意味のないことだと明白だったから。
口の端についた粉を厚い舌が舐め取っていく。それが口腔へ侵入する。俺の舌に絡む。歯を立てられて、下腹がぞくん、と蠕動した。周霖の袖をずるずると引きながら、それでも、やめられない。

「はあ、ふ、ふあっ…」

餡の味はあっという間に消えていた。腰を突き上げる動作は、俺の位置を戻すためではなくなりつつある。触れあったところが少しずつ硬くなり始めていて、揺さぶられながら様々な思いが去来した。机の上に積まれた文書、彼の片手に残る食べかけの菓子、膚に散ったままの粉が気持ち悪い。やや汗ばんだ掌がそこを滑っていく。衣の襟を爪先で引っ掛けて、ずらせば、平らかな俺の胸は容易く露わになった。

「しゅ、…りん」
「なんだ」

ざわざわ、寒気が、―――性感がする。愛撫に反ってさらされた片胸へと、舌の先が伸びていくのが見える。しこった乳首を舐めた後で、先を軽く囓られた。じんわりと滲むような感覚が、痛み半分に変わって、俺は悲鳴をあげた。

「はっ、ああっ…!」
「だから、余所事を考えるのはやめろ、って言ってんだろ毎回」
「だ、から、お前、…盛るか食べるか、どっちかにしろ…っ」

人間の倫理観と花精のそれには違いはあるが、食事と性交が混ざることには流石に抵抗がある。このままいけば、俺の身体に菓子をなすりつけながら事に及ぶくらい、平気でやりかねない。そこまで指摘したら、実行に移されそうなので言葉にはしなかった。諌言したつもりが、逆に都合良く解釈されて、酷い目にあったことはままある。俺も学習するのだ。



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