(7)



以前、風俗使に出た官が、視察先の土産にと、地酒を持ち帰ってきたことがあった。
都察院の左房には酒豪がいる。周霖と、彼の同僚である御史の、万廻である。

万廻は「巫祝(ふしゅく)」、あるいは「巫祝の民」と呼ばれる獣頭の花護だ。灰色の毛並みに、周霖よりも大きな身体、黒い際(きわ)に縁取られた瞳には理知の光を宿している。上の人間からの覚えも目出度い。
放埒な柳の花護に歯に衣着せぬ物言いをする、数少ない人材のひとりで、かつ、悪意を持たない点を加味すれば相当に希有な存在だ、と言える。

二人を始めとして、欲しい者は各々の酒瓶へ小分けにして入れ、家へ持ち帰った。恬子は貰わなかったけれど、それで酒盛りをしたという同僚の話によれば「かなりの」代物だったようだ。
なかなか手に入れられない地の物で、景陵ではまず呑めないだろう、という言葉を聞いて、あろうことか、周霖が杯を突き出した相手は―――己の花精。

『酒は呑めない』

断る伎良は、少しは困った様子を見せればよいのに、あくまで淡々としていた。傍若無人なつがいに呆れかえったり、彼の行いを諭したりしているさまは良く見掛けるが、怒る、怒鳴るといった様子は皆無に等しい。今も、そう。花精として、ではなく、どうやら伎良の性格のようだ。
無表情というわけでもないのだが、あの柳の花精は基本的に物静かな性質で、夕筒曰く、初めの花護の影響を受けているのだろう、ということだった。
花精にとって、生まれて初めての相手というのは重要で、後の性格や考え方に多分に影響が出るのだとか。
伎良の先のあるじを、恬子は名前でしか知らない。だが、きっと良い主人だったのだろう。

『呑んだことは』
『…お前が春節のときに戯れで出した甘酒が精々だ』

記憶をなぞるように返す彼の腰を、周霖はぐっと捕らえる。

『あれは酒の内に入らねえだろ』
『…だったら…、呑んだことは、ない』

文箱を携えて入った執務室の中で、二人は押し問答をしていた。いちゃついている、とも言う。
哀しいかな見慣れつつある光景に、若い医女は息を詰め、己の気配を殺すことに努めた。正しく仕事をしているにも関わらず、咎められるであろうことは分かりきっていたからだ。

まず伎良と視線が合って、彼は目尻を緩めた。まるで済まないな、と言うように。つい、笑いかけようとすると、血を這いずるに似た低い声が恬子の名前を呼ばわった。

『置いたら出てけ』
『…かしこまりました』

柳の花護はこちらを振り向きもしない。細い腰を抱いたまま、まずは己で杯を呷る。太いのど頸がぐびり、と動いて、すぐに満足そうな溜息を漏らしている。伎良はどこかぼんやりとした目つきでそれを眺めていた。

『成る程、…薀蓄を垂れるだけのことはある。悪くない』
『周霖、執務中だ』
『うるせえよ』

毎度の遣り取りが始まった所で、一礼をして恬子は入ってきたばかりの扉へと向かった。文は伎良の机に置いている。そうすれば「失した」「捨てた」と無かったことにされずに済む。

再び杯の縁へ口をつけた花護を視界の端に捉えて、伎良がいるから大丈夫だ、と思う一方、どうして唐桃精の時分から、そのやさしさを少しでも分けてやれなかったのだろうか、と思う。端から見て、唐桃の花精では駄目で、「彼」だったからこそ為せたことは、無いような気がする。すらりとした後ろ姿が幸せそうにしているさまは、嬉しくも、切ない。伎良の前にいた花精を知っているから、尚更だ。

理力そのものは確実に枯れていった花たちの方が上だった。人の勝手な評価を足せば、器量も―――性別だって。周霖はその手の遊びも派手だが、男色を積極的に好むわけではない。節操がないことは事実だけれども。

比較して、伎良が劣っている点ならば易々と見つかる。

(『…それでも合縁奇縁と言うし、』)

第一、二人が睦まじくしているのならいいじゃないか、後は仕事をしてくれれば文句はないと、内心で呪文のように呟きながら、そっと部屋を出て行った。





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