(5)



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涼やかな、百花王の声に導かれて暗い隧道を再び歩く。出る間際、雲英が背を叩くものだから危うく転びそうになってしまった。じっとりと睨め降ろすと、彼はにやっと笑う。

「辛気くさいな。もっと堂々と行け」
「猫背は生まれつきだ」
「しばらく帰ってくるなよ。―――春御方の御加護を。良い花護に嫁げるよう祈っている」
「…―――感謝する」

小柄な体躯の向こう側へ目を遣ると、あの唐桃精は長座で座り込んだまま、鬱金香の花精とお喋りに興じていた。自分に向けられたわけでもないのに、明るい笑顔につられて口の端が緩む。良い花護に嫁げるよう、祈っている。花精は不必要なお追従は言わない。そのように作られてはいない。



謁見の間の扉を開いた俺は、千里さまの隣に立つ美丈夫を見ても全く表情を変えなかったという。周霖本人に聞いた話だ。にこりともせず、しかし気負った風もなく、淡い、青碧の裳裾をひいて、するすると彼の眼前にやってきた。

確かに獅子のような男だ、と思った。眼光は鋭く、花護にとって最も尊ぶべき儀式に臨んでいる癖に襟の留めは外され、太く筋の張った首根や、鎖骨の、日に焼けた辺りが露わになっている。腰に佩かれた剣鉈は大刀で、幅が広い。切るよりも薙ぐためにあるような拵えだった。

つまらない、取るに足らないようなものを見るような目で見下ろされても何の感慨も湧かなかった。深く一礼をし、名を名乗る。首筋や後頭部にびしびしと視線が刺さっている。内ひとつはどうも花護のものとは思えない。ちらりと横を伺うと、衣の袖を握り締めて、心配そうな面持ちをした千里さまがいた。貴方が狼狽えていると無駄にこちらまで不安になるのだけれど。しかし、口に出しては言えない。

「…景陵、周霖だ」

唐桃ではなく、柳の、しかも大した理力もない雄が現れても、周霖は拒絶をしなかった。あっさり誓いの言葉を紡いで、俺の手首を握る。ごつく、剣を握りすぎて胼胝(たこ)ができた青年のそれ。後々、穏やかな親愛だけではない、狂おしい情欲というものが存在するのだと、俺に知らしめる手だった。



―――そうして、見上げれば、あの涅色の瞳が。




>>>END


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