(4)



「伎良の言うとおりだ。それこそが、俺たちの価値だ。一族を守るためには、…しょうのないことだな」
「…唐桃精はどうしているんだ」
「新しいのが生まれて、そら、そこに。よく寝ているよ。流石、強い種だ。ちゃんと後継を出している」

示された茂みの奥には、低い背丈の唐桃の木が植わっていた。葉の合間から覗く実はまだ青く、硬そうである。微かな風を受けて若い枝葉が揺れる。
親の手に守られるようにして、木陰の元にひとりの少女が横たわっていた。淡い金色の髪を波打たせ、少し離れたところからもくうくうという寝息が聞こえそうな様子だ。先代の死に様とはあまりに隔たった姿に、胸が詰まった。彼女の記憶には、確かにそれが刻まれているだろうに。

「…死なせたくないな」
「…えっ?」

意識もせず、呟いた台詞に、自分自身が一番驚いた。雲英も相当呆気に取られたらしく、おい、と袖を引かれる。

「お前、今なんて」
「…いや、なんでもない。…雲英、また後でな」

相対していると、あれやこれやと聞かれそうで面倒になった。あまり褒められた態度じゃないと分かっていながら、縋る手を振り払うようにして背中を向ける。余計な事を言った口は自分の手で塞いで、ひたすら、柳の木へ向かって歩いた。細い葉を備えた俺の一族は息子の帰りを喜ぶように、枝垂れた手を差し出してくれた。川面に映る翠のかけら。漣が生まれるたびに形は変わり、下流へ流れていく。


―――きれいよ、伎良。


どこまでも地味な外見の俺を、姶濱は、よく褒めてくれた。

『あなたを見る度に、景陵の河岸を思い出します。向かい合わせに続く柳の並木を見上げて、舟に乗った小さい頃を。空は晴れていて、風が気持ちよくて。
娶せの儀で、百花王の御手に触れたとき、わたくしの中でいっぱいに広がった記憶はそれ。だからすぐに分かった。わたくしが娶るのは、柳の花精なのだと』

おそらくは彼女がそうされたように、俺の手をとって、口の端の皺をより深くしながらも、若い頃と寸分違わぬ鮮やかさで、笑った。

凛とした声で告げられた誓いも、絶対に似合う、と首輪をくれたときのことも、余さず覚えている。俺が枯れて、次の柳花精が生まれたら、それらは思い出から、ただの出来事に変わる。続く花精に記憶は共有されても、まつわる感情は消えてしまう。箇条書きの一文と化すのだ。


花護にいのちを喰い尽くされて、枯れても仕方がない。
そう言えるのは、俺に悔いがないからだ。
大切に―――きっと、家族のように扱って貰った。姶濱が望んだ分のどれだけを叶えてやれたのかは分からない。でも、俺はきっと倖せだったのだろう。頭上に掛かる翠の枝葉を見れば、彼女が柳の花護として如何に優れていたのか一目瞭然だ。

柳が族が続くのであれば、周霖みたいな花護にいつか嫁ぐことになっても、構わない。そうなったら、なるべく長く生き延びて、他の花護に娶せられる日を待つだけだ。
後継の柳に辛い思いをさせることは避けたい。非力な自分が出来ることと言ったら中継ぎ程度だ。


「…ここは、晴れているよ、…姶濱」

彼女が逝った日も、土へ還った日も雨が降っていた。けれど、胎宮から見る空はいつも晴れている。
ふいに、姶濱の死は俺の思い込みで、あの官舎の一室へ戻れば、寝台で身を起こす彼女に逢えるような錯覚を覚えた。
傘を差さずにうろつき回る俺を、老いた花護はたびたび叱責したものだ。風邪を引かないのは結構だが、部屋のどこもかしこもびしょびしょになる。まるで雨蛙じゃないの、と。

「…、…う、」

頬をあたたかいなみだが伝う。
記憶を探る。俺の前に泣いた柳はいくつか居たようだが、原因となる感情の在処は、その痕跡は、どこにもなかった。





- 5 -
[*前] | [次#]


◇PN.top
◇main



「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -