(3)
周霖は恵まれた巨躯を持ち、眉目秀麗にして、鬣に似た金の髪と、深い黒茶の目を持つ、若き花護であると聞く。
碩舎を卒業後、建礼舎に入って花護の修業を積んだ。成績は優秀、中でも剣技に優れ、出自も紺旗(こんき)と称される、春苑第二位の階級であったために将来を嘱望されていた。その、風狂にして荒々しい性さえ無ければ、期待と実力に見合った立場を手に入れていた筈だ。
「つがいの唐桃精はどうした。…確か、名は淡露(たんろ)」
花護が娶せの儀に出る意味はひとつだけ。つがいを何らかの理由で失った為だ。
それを充分に理解していながら、問わずにはおられなかった。雲英は渋面を作った。
「枯れたよ」
「…っ、」
「…あいつの所為で唐桃はもう六代やられた。皆同じだ。根刮ぎ理力を引っこ抜かれて、散々犯されて、枯れた」
「……」
とても想像がつかない話だった。理力を枯れるまで奪われるという状況も、…犯されるという表現だって、妙だ。
花護との繋がりを深めるために、乞われるがまま、花精が身体を差し出すことは多い。
多い、というより、最早常識の域だ。
人間は獣と違って発情期がなく、繁殖を目的とせずに交わるいきものだ。花護は激務が多く、花精の役目のひとつには彼らを癒すこともある。衣を脱いで抱き締めてくれと望まれたらそうするし、足を開いて受け入れろと命じられれば否やもなく従う。
花精の容姿や身体、性格は、概ね人に都合よく出来ている。俺たちは人に添うように作られた存在だから。異性同士にもかかわらず、姶濱と俺みたいな関係で終わるつがいは珍しい部類に入るだろう。
「…言葉の通りさ。周霖は都察院の御史だ、危ないお役目も多い。その上、願い出て巡境使の真似事もしているらしい。しかも、蟲が多く出現している所に自ら行くと言う」
友人は草を踏む己が素足へ目を落とす。花精にとっては堪らないことだ、と彼は言う。
「俺たちにとって、蟲は最大の脅威だ。あいつらに喰われて絶滅したら、もう最期だ。あるじが蟲を狩る巡境使であれば仕方がないが、…都察院ならば正す相手は人間だろう。なにを好きこのんで危地へ赴くか」
「淡露はどうして枯れた」
「周霖のやりようはこうだ。娶ってすぐに交わり、繋がりを持つ。そうして、蟲狩りへ行く。花精を顧みず、どんどん理力を吸い上げて、休む間もなくぶっ通しで蟲を狩る。つがいがどんなに頼んでも、帰ろうと縋っても聞かないそうだ」
行い自体に咎め立て出来ることは何もない。
蟲を狩ることは、庭を守ることに繋がる。花護の責務だ。理(ことわり)に、「花精を大事に」なんて文言があれば別だろうが。
事実、花精を使い捨てにしていたとして、周霖を罰する法は皆無である。
「相性があるから、唐桃はしばらく逃れられないだろう。幾ら花護を得て、種をつなげることができても―――ひとりひとりの花精にはとんだ責め苦ではないか」
先代の記憶をなぞれば、唐桃の前は樒(しきみ)の花精だった。聞けばそれも、数代枯れた上に休眠へ入ったのだと言う。
樹木精の命は本来、長いものだ。こんな短期間に六代変わるなど、前代未聞ではある。
「唐桃もこのたびの娶せの儀に出るのだ。枯れると分かっていて嫁がねばならない。憐れなことだ」
「…それが俺たちの役目だ。仕方あるまい」
我ながらぶっきらぼうな言い振りだ。案の定、雲英は「分かってはいるが…」と視線を逸らした。
冷徹に聞こえるかもしれないこの返事は、周霖に見合わぬ己の力を悟っている故か。
選ばれる筈はないと安堵していて、唐桃のさだめを他人事と捉えている、そう思われても、仕方のない答えだ。
それとも本当に、お役目だと納得しているからか。
(「…わからないな…」)
「…悪い、困らせたな」
先に口を開いたのは雲英だった。気付けば、自分はまた黙り込んでいる。少し、笑って見せると愛嬌のある顔がほうっと緩んだ。
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