翠雨



―――わたくしは、本当に倖せでした。
群青様は、慈悲をもって貴方を残してくれたのね。

こうして誰かに看取られて、死ぬことが出来る。
若い頃は畳の死など恥だと思っていたけれど、死そのものに恥ずかしいとか、恥ずかしくないだとか、そういうものはきっと、ないのかもしれない。
外は雨なのですね。音が聞こえます。


貴方のみどりの目、ほんとうに奇麗。

きれいよ、伎良。


+++


周霖(しゅうりん)のつがいが彼に「喰われた」らしい、と聞いたのは、弔いの帰りに青春宮へ出向いたときのことだ。

姶濱(あいびん)は、俺にとって初めての主であり、長く柳の花護に就いていた女だ。武官として働き、目立った出世こそなかったが、その命が終わるときまで官で在り続けた。俺が看取ったということは、つまりはそういうことだ。
姶濱は老いるにつれて病を重ねるようになり、丈夫だった身体も次第に衰弱していった。花護はただびとに比べて遙かに回復力が高く、寿命も長い。それでも不老不死というわけではないのだ。報せを出そうにも離縁した夫子の行方は知れず、彼女も再会を望まなかった。

最期のときは、俺一人に居て欲しい。
死に水を取って、痩せた骨を焼いて墓へ埋めた。葬儀らしい葬儀は、しなかった。


花護を失った花精は、早々に庭都へ戻らなければならない。一刻もはやく次の娶せの儀に出て、新しいあるじを迎えるか、相手が居ないのであれば休眠に入る。そうしないと、種族の寿命が縮んでしまう。

姶濱の死は既に届けが出ていた。彼女から貰った首輪を外し、係の官吏へ渡す。儀礼的に「欲するか」と問われた。答えは否だ。
真鍮の箱へ、碧玉で出来たそれががちゃん、と投げ込まれる。俺がかつて姶濱のつがいであったしるしの下には、他の花精たちが弔った証が転がっている。

「そなたは運が良い。次の娶せの儀は三日後だ」
「…そう、ですか」

あるじに先立たれて運が良いなんてふざけた話だとも思うが、事実ではあった。あまり間が空くのはよくない。何を置いても、花精の大事は己の一族を守ることだから。

「このたびの儀には、正青旗の比和様、紺旗の周霖殿もお出になるそうだ。よい相手に嫁げると良いな」
「ええ」

がしゃがしゃと、首輪の入った箱を引っかき回し(それは高価なものがないかと、品定めをしているようにしか見えなかった)ていた官吏は、ちらと俺を見上げて、鼻を鳴らす。

「…愛想のない花精だ」
「……」
「如何に花喰人でも、お前のような雄は娶るまいて。そら、行け。胎宮(はらみや)への扉は向こうだ」

彼はそう言って、再び箱の中を漁ることに専心し始めた。頭を下げて、緑深い故郷へ続く扉に向かう。その手の悪口雑言には慣れていた。人間ではあるまいし、容姿に頓着はない。今更、傷付きなんてしない。


春の庭の一、正青旗たる比和(ひわ)の名はよく聞き知っていた。筆頭にこそなれなかったが、高名な花護だ。それから、周霖。確か彼のつがいは、唐桃の花精で、年若い雌だったと記憶している。俺と同じ樹木精で、理力の強さは相当だった。
花護が娶せの儀に出ている、ということは、即ち唐桃精が死んだことを意味する。

周霖は都察院(とさついん)と呼ばれる、政務監察を司る部署の官だ。内容によっては危ない橋を渡ることもあろうし、宣命あれば地方へ赴き、隠密に調査をすることだってある。その中で花精が命を落とすことは、考えられなくもない話だ。



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