(2)



カーテンの両端が切れたところから、少し明るさを増した庭が垣間見えた。藍色に沈む庭。いつもながら、良く整えられている。
建屋に併せて拵えたらしく、映画か写真にでも出てきそうな、西洋式の庭である。造詣の深くない真赭には、漠然とそうとしか分からない。
丸く刈り込まれた立ち木を見ながら、白柳邸において、ひとつだけ、異なる趣向で作られた部屋を思い出した。誰有ろう、友人自身の私室だ。あの部屋の内装や家具は、まるであらがいでもするかのように、趣を異にしている。真赭が指摘して、白柳がその白皙を歪めたのは、誰も知らない話だった。

そういえば、以前に教えて貰ったクリスマス・ローズは季節を正しく迎えられたのだろうか。彼は、つまらない眺めだと云っていたけれども。

「椿とか梅も植えてあるんだ。蝋梅とかね。この部屋の前だけは」
「そう、なのか」
「うん」と言いながら、友人は、こちらへ手を伸ばしてくる。目を閉じた。汗で貼り付いた髪を、掌が撫でた。
「親の英国かぶれには食傷気味でさ。祖父が育てていた樹が残っていたものだから、遷させた」

とりあえず相槌を打つ。
云われてみれば、白い蕾がちらちらと見える。蝋梅は―――分からない。どんな花なのか、生憎とすぐには浮かばなかったのだ。
折角教えてくれたのに、申し訳ないと思いつつ、僅かな隙間から見える景色へ目を凝らす。そして、ふと気付いた。

もう梅の開花が始まってしばらくになるのに、今、目の前にあるそれは咲き染めの蕾どころか、青い芽すら持っていない。いっそう黒ずんだ枝で暗い空をひび割らせる花木を眺めているうち、ゆっくりと理解した。

「めしいた、えだ」


白柳が小さく頷く。真赭の薄い皮膚を、誘うように淡い色の髪が掠めた。くすぐったい感触はあったものの、倦怠の方が勝った。顔のすぐ隣には彼の脇腹がある。真赭と同じシャツに包まれている。しなやかで、けれど確かに己を上回る膂力を潜めたからだ。時折恐怖を感じるのは、同じ男としては情けなさすぎるだろうか?
現に、漠然とした危機感が黒雲のようにわき出してきた。その感情に正直に、密着した身を剥がそうとし――――阻まれた。
起こした上体の、肩へ、やや尖った顎が凭れかかる。重い。押し倒すために、意図的に力を掛けている。狙いの通りに、斜めに彼の身体をひっかけながら、床へ逆戻りした。

「…逃げるな、」
「…っ、」

小さな、本当に小さな声。ひく、と体躯を震わせたことで、聴こえたのだと明かしてしまった。もう知らないふりはできない。
せめても、と、見下ろす茶味の勝った双眸から目を逸らす。眼鏡を外した白柳は、苦手だった。慣れないこともあるが、視線を殊更に強く感じてしまうから。

「…そう。盲枝。花をつけなくなった枝のことをそう、云う」
「…めくらえだ…」
「あれは、もう4年ほど花をつけていない。母は切り倒してしまおうかと云う。莫迦だね。『桜切る莫迦、梅切らぬ莫迦』とは云うが、剪定をするのと辛抱が足りないのとは違う。あの堪え性の無さだけは似たくない」

ぶつぶつと続けているのを流して聞きながら、初めて知った言葉の意味を考えていた。

時期はずれに咲いた花を狂い咲きと云うのだ、と白柳はかつて教えてくれた。そして、誰がどう云おうが、彼自身はそちらの方が好ましいと思うのだ、とも。

当たり前の時期に、決められた通りに咲く花は、正しくきれいに花弁を広げるだろう。真赭が教えられた花は、次に訪れたとき、茎しか残っていなかった。冷たい風に揺らされ、空へと伸びる緑色の茎。


可哀想。


(「ちがう」)


さびしい。その無謀さが羨ましく、おそろしい。

「真赭は」
「…」
「君も、処分してしまった方がいいと思う?不運なことに、あの梅は祖父のものとは違う。一本きりじゃあまりに殺風景だというから、業者が足したものなんだ。だから、面倒な思い出もない。心おきなくちょん、と出来るわけ」
「だって、あれは生きて、」
「生きてるものは素晴らしい理論は却下ね。俺、そういうの好きじゃないし」
「…じゃあ、白柳は切った方がいい、って思ってるのか?」
「梅のイデアは花とか実、って言われたら、まあ、それはそうかもねえ」

白柳の手が脇腹をゆっくりと擦っている。ぞくぞくとした、得も言われぬ感覚が身体の裡から這い上がってくる。ただ、くすぐったいだけだ。自分にそう云い聞かせ、身動ぎをしながら、真赭は口を開いた。


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